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▼2011年 9月 6日 (火)   -- 投稿日:2011/09/06(Tue) 22:46   ... No.[1]

ありがとうございました


最初に・・・


今回の台風12号によって大切な思い出深い場所が土砂と泥水にまみれてしまった。

奈良県五條市大塔〜十津川。

テレビの映像に痛ましい風景が広がる。
辻堂、宇井、懐かしい地名が聞こえる。

あのあたり一帯が土砂崩れと大量の雨水によってめちゃくちゃになった。

私は3度あの道を走った。
今はあちこちで道路が寸断されて通行もままならないというあの道。

2005年、初めて訪れた時にも宇井のあたりは土砂崩れでもともとの道路は通れなくて迂回路を走った。
翌年もまだ工事中で迂回路。最後に訪れた時(十津川に遊びに行った)もまだ工事中だった。

急峻な山に囲まれた谷底を川が流れその隣に山肌に沿って道路が通る。
そんなところだ。

私たちはその道をじぃちゃんの思い出の場所を探すために走った。
野迫川村立里にある立里鉱山跡を探していた。
最初の年は立里までは行ったものの鉱山跡が見つけられなかった。
翌年再度トライした。
辻堂を通り宇井を抜け、大塔のあたりで十津川へ行く道とは別に赤谷キャンプ場を見下ろしながら和歌山方面に行く道がある。
未舗装で注意していないと車の底を擦ってしまいそうなぼこぼこの道を思い出の場所を探して走った。
池津川の集落にたどり着いたところで、「ここまで来たら行きすぎのはず。」と車を降りて人に聞いてみることにした。
全部で10軒もなかったと思う。門戸を叩いて話を聞いた。

そして見つけた。
かつてその方が子供だった頃、若かりしじぃちゃんが月に1度鉱山で上映する映画を楽しみに真っ暗な山道を鉱山までワクワクしながら歩いたという人を。
その方のおかげでかつて鉱山があった場所、今は背丈ほどの草が生い茂るその場所を見つけることが出来た。

真夏の暑い時だったのに、私の記憶の中であのあたりの風景は優しい光とさやさやと吹く風と濃い緑と清らかな水と・・・爽やかな印象しかない。
本当に美しいところだった。

帰りには必ずマリンがじゃぶじゃぶ遊べそうな川を探して車を走らせ川遊びのひと時を楽しんだ。

その川が今は濁流となって下流へと向かい尊い命を奪い平和だった人たちの生活を押し流している。

池津川の集落の人はご無事だろうか。
道路が寸断されてしまってお困りではないだろうか。


突然訪れ、半世紀前のお話を聞いて歩いていた私たちを怪しげな目で見ることもなく親切にしていただいた。

私たち家族にとって、あのあたりはとても大切な思い出の場所。

じぃちゃんは今でも時々立里を訪れた時の話を始め、話し出すと止まらなくなる。

もうマリンはいなくなってしまって、じぃちゃんはふらふらでとてもあそこまで車であっても行くことは無理だと思う。
2度と足を運ぶことはないだろう。

大切な思い出の場所・・・テレビの映像は悲しすぎてたまらない。

きらきら輝いていた優しい風景を今も思う。

じぃちゃんの笑顔があった、マリンの笑顔もあった、ばぁちゃんも楽しそうだった。





和歌山県田辺にも遊びに行った。動鳴気渓、奇絶峡。
南紀旅行の際、那智勝浦、新宮・・・車を走らせた。大門坂を歩き那智大社にもお参りした。
雨になってしまったので車を止めることはなかったけれど、延々と熊野川沿いの道を走った。
その風景は壮大でその流れは怖いくらいに美しかった。


今回の台風で被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。



☆☆☆ ☆☆☆



9月1日、紋次郎ママさんから元気をもらえそうなお花籠をいただいた。





紋次郎ママさん、紋ママ! ありがとう。
それから、はなこちゃんのことを知らせてくれてありがとう。




そして今日9月6日、YOKOさんからもお花籠をいただいた。





とっても清楚で優しいお花。YOKOさん、ありがとう。



鶴見緑地で集合した日から何年が過ぎたのかな。

元気いっぱいで紋次郎くんに一目ぼれしたマリンだったけれど、お空に昇ってしまいました。
YOKOさんちのはなこちゃんも昨年11月にお空に旅立ったのだそうだ。

あの日はみんな元気だったのに・・・。
心はあの日のままなのに・・・。

月日のたつのは早く、時に残酷。







☆☆☆ ☆☆☆




マリンと暮らした15年・・・
決して平坦な道ばっかりだったわけではない。

若いころのマリンは自我や自己主張の強い子だった。
いろんなことがあって何度叱ったことか。マリンはワンワンと口答えする。
繰り返し言い聞かせようとしたら顔をそむけて私を見ようとしない。
「マリン、私を見て!」顔をつかんでこっちを向かせ何度も何度も話をした。

ムーが亡くなりチコが亡くなるととたんにそんな強情さがマリンから消えた。
相変わらずお転婆だったけれど、はち切れそうな笑顔が可愛い素直な子になった。





マリンは寂しかったんだ。
3人娘の末っ子で、私の腕は2本しかなくて、なかなか届かない手が寂しかったんだ。
ムーの闘病は3カ月、チコは半年・・・自分を見てほしくてかまってほしくて一生懸命訴えていたんだ。





マリン、ごめんね。でも仕方ないことなんだよ。
みんな家族だから。老いて病気になったムーやチコを優先するのは仕方ないことだったのだ。





マリンは一人っ子でいいね。
これからはマリンだけを見るようにするから。
今まで寂しい思いをさせた分、これからはマリンだけ。
一緒に楽しいことをいっぱい経験しようね。

マリンは本当に優しい子になった。





けれどもその後は人が病気になった。
じぃちゃんのたび重なる長期入院。
肺炎に心不全に認知症に糖尿病。(マリンが亡くなって後この8月には腎不全も併発した)
そして去年にはばぁちゃんの入院、妹の入院。

やっぱりマリンはいっぱい我慢しないといけなかった。
寂しい思いもしたと思う。心配もかけたと思う。

けれど今度のマリンは我慢できた。健気に家族の一員としてそんな危機を乗り越えてくれた。
山あり谷あり・・・笑顔で一緒に乗り越えた。














そんないろんな歴史を経て絆は日に日に深いものになっていった。

私はマリンを気遣い、「ごめんね、ごめんね」と何度も思った。
長い長いお留守番。時には深夜まで、時には病院泊まりの朝帰り・・・
マリンはいつも笑顔で「おかえりなさいっ! 遅いよぉ! 心配したんだからぁ!」ってワンワンワンワン!
尻尾ブンブンで出迎えてくれた。

「マリン、ごめんね。我慢ばっかりさせてごめんね。」
マリンはいつも「全然大丈夫! マリンはダイジョブだよ」って笑ってくれて
「でも、やっぱり一緒が一番だねっ!」ってとびきりの笑顔で私に寄り添った。

ひとつ大きな波を超えるたびに「寂しい思いをさせた分、これからは楽しい思いをいっぱいさせてあげよう」と思った。
何度も波は襲って来たけれど、そのたびに一緒に乗り越え、一緒に穏やかな日を迎え送った。








楽しいこともいっぱいあった。
けど、辛いこと大変なことも結構あった。

どんな時にもマリンは私の隣にいてくれた。
マリンはいつも笑顔だった。

そんな15年だった。



☆☆☆ ☆☆☆



マリンは雑種。
どんな血筋を引いてこの世に生を受けたのかわからない。
純血種なら「好きなこと」を想像できたりすることもあるけれど、マリンの場合何もわからない。
マリンの日常を見ながら「マリンの好きなこと」をひとつ、またひとつ見つけていった。




まだ前栽の段差を自分で乗り越えることもできないくらい小さい時
庭掃除をしていたら竹箒にじゃれついてじゃれついて大喜びだった。
「えいっ!えいっ!」って掃いているのに箒を抑え込むものだから全然掃除がはかどらない。
それよりマリンの一生懸命な動きが面白くって大爆笑だった。
動くものを追いかけるのが大好きみたい。
そのうちマリンはお庭でトカゲを追いかけたり蝉を捕まえたり自分で<楽し>を発見した。
けどなぜか・・・バッタを追いかけるのはあんまり好きじゃなかったな。











5歳までのマリンはチコ、ムーがいたので遠出のお出かけは無理だった。
マリンのお出かけと言ったらもっぱら近くのお山だった。
マリンは大喜びでけもの道を走り回った。
その後13歳くらいまでマリンは近くのお山を楽しんだ。





リードを持って後ろを行く私は四つん這いでクモの巣まみれ!
タヌキさんを見つけたり、雉さんを見つけたり
そのたびに大興奮!
リードで引っ張られて先に進めないとキャンキャン騒いだ。
「あそこにいるのにぃ!あそこに行きたいのにぃ!」





何時間でもお山の中を登ったり下ったり縦横無尽に走り回るので
「マリン、このままじゃ遭難しちゃうよ。ここはどこなん???」
私は自分の居場所がわからなくなってしまって「地元で遭難なんてとんでもない!」とあせったりもしたけど
マリンはちゃんとわかっていて、マリンについて行ったらいつも山道に戻ることができた。
「マリンってすごい!」そう思った。

軽トラックがお山に向かって登ったら、車の中ではワンワンワンワンの独唱会!
「行くよぉ!行くよぉ!マリンがお山に行くよぉ!」
お山大好きマリンだね。

そんなマリンを<野性児マリン>。
私はそう呼んだ。

おもちゃやぬいぐるみより軍手やタオルや・・・
人が身に着けていたもので遊ぶ方が好きなこともわかった。
庭掃除するその手先から軍手を奪って「とったぁ!」って大喜びで庭を走り回る。
「返してほしかったらここまでおいで!」
茶目っけたっぷりでかわいいけれど・・・仕事ははかどらない。
知らん顔して掃除を続けていたら、背中にジャーンプ!
「おかぁさん、かまってよぉ!」


お山の小川でカエルさんを追いかけてじゃぶじゃぶ、小川の中を走り回るマリンを見て
「マリンはお水が怖くないんだな。もしかして川遊びが好きかもね。」
そう思ってある夏、奈良県吉野の高見川に連れていってみた。
マリンは臆することなく川に入って行ってすぐに尻尾ブンブンで小魚を追いかけてじゃぶじゃぶ川の中を走りだした。
走っているうち川が深くなっていって足が届かなくなった。
「おっ!?どうする!?」と思ったら、普通に自然に水中で手足を動かしスイスイと泳ぎだした。
まったく自然に・・・。走っているのと同じ感覚で。
「マリン、泳いでるっ!」
じぃちゃんもばぁちゃんも私も、あまりに普通に泳ぎだしたので驚いて感動して・・・
「誰にも教えてもらってないのにちゃんと犬かきしてるよ〜!」

ゴールデンなど水遊びが好きな犬種でも初めてお水に入ったときはバタバタ暴れて溺れているかのように水しぶきをたてる子が多いのに
マリンは全くそんなことなく、最初からスイスイスイマーだった。

5時間たっぷり川で遊んでも、帰り支度をしている間に隙を見つけてまた河川敷に降りてしまって「もっと遊びたい〜!」


マリンの<最高に楽し!>を発見できてとっても嬉しい日となった。

けど・・・「じゃぁ、海は?」と思って海に行ったら・・・
波を怖がり尻込みしてしまってぜーんぜんダメだった。
海はマリンの<楽し>じゃなかった。
湖は<?>で、青蓮寺湖や余呉湖ではマリンは気持ちよさそうに泳ぐのに、琵琶湖ではやっぱり波が怖くて入れなかった。
マリンの<楽し>はフクザツなんです。

そんな風にマリンの<楽し>をひとつひとつ見つけて行くのはとっても楽しいことだった。


☆☆☆ ☆☆☆


何度も書いているけれど、私はマリンに今まで暮らしたワンたちにしてあげられなかったことをすべてしてあげようと頑張ってきた。
自分の年齢や時代の違いもあって、かつて私と暮らしてきたワンには今から思えば本当に何もしてあげられなかった。
その分、全部全部マリンにしてあげようと思っていた。
いろいろいーっぱい経験させてあげてマリンの<楽し>をたくさん見つけて、最高の生涯を送らせてあげたいと思っていた。
いつか見送らねばならない日、持てないくらいたくさんの思い出を持たせてあげようと思っていた。

けれどもマリンの<楽し>に人(家族の)が合わせたわけじゃない。
人にもマリンに合わせているという感覚はなかったし、マリンにも人に合わせているという感覚はなかったと思う。
一緒が基本で一緒は当たり前で、していることは違ってもなんでも一緒に楽しんでいたと思う。

マリンが川遊びが好きだとわかって頻繁に川に行くようになると、じぃちゃんは昔使っていた釣り竿を物置から引っ張りだしてきた。
平日にばぁちゃんと二人で釣り具屋さんに行って足りないものを買ってきて気が付いたら魚釣りの準備が整っていた。








マリンが川でお魚を追いかけている間、じぃちゃんは50年ぶりに釣りを楽しんだ。
ばぁちゃんも「魚釣りをしてみたい」とじぃちゃんと一緒に釣りをした。
生まれて初めての魚釣り。
釣れたのは小さな川ムツだったけれど、ばぁちゃんは「釣れた!釣れた!」って大騒ぎだった。
釣りをしない時のばぁちゃんはマリンのそばでひざ上まで川に入って
「この年になってこんなことができるなんて」と「気持ちいいわぁ」って笑っていた。
私はマリンと一緒にお魚さんを追いかけた。
「マリン!こっちこっち!」「え?どこどこぉ?」
真剣そのもののマリンのお顔を見ていると本当に楽しかった。





していることは違っても人もマリンも一緒に川遊びをしてたんだよね。

散々遊んだ帰りには必ずと言っていいほどお買い物に立ち寄った。
じぃちゃんとばぁちゃんがその地その地の名産品を物色してお買いものするのを楽しみにしていたから。
たいていの場合マリンはお店の中には入れない。
たま〜に個人商店だったら「ワンちゃんも一緒にどうぞ」と言ってもらえることもあって
そんな時のマリンは品定めする私の足元で<いっちょまえ>の顔をしていて、それがまたかわいかった。
ワンNGだとマリンはお外で誰かと待つ。





お店の外でドア越しにお買いものするじぃちゃんやばぁちゃんを見つめるマリンは
「マリンも一緒にお買いものがしたい」って言ってるみたいだった。
お店の前のベンチに座る家族の足元でじっとフセして待つのが普通で
そんな時はたくさんの人に声をかけていただいた。
買い物袋を片手に出てきたばぁちゃんに「ねぇねぇ、何を買って来たの?マリンの分も買ってきてくれた?」
フンフンフン・・・買い物袋の中身をチェックするマリンもかわいかった。
ソフトクリームなんて持っていようものなら、尻尾ブンブンで大喜びだった。

お買い物が済むのを待つマリンに「人に合わせている・付き合っている」という感覚はなかったと思う。
私たち人間に「マリンに合わせている・付き合っている」という感覚がなかったのと同じで一緒に楽しんでいたと思う。


どこに行っても何をしていても、お互いがお互いを尊重し、<楽し>の時間を一緒に過ごしていた。















☆☆☆ ☆☆☆



マリンとは本当によく一緒にお出かけした。
けれどマリンのお出かけデビューは結構遅かったのだ。
なぜなら先住犬のチコが車酔いの激しい子だったので、チコ存命中はお出かけを楽しむことができなかったから。

チコが車でお出かけできないことが残念だった私はマリンを家族に迎えてすぐのころからマリンを車に慣らせようとちょくちょく車に乗せていた。
最初はお庭で。
お散歩デビューもしないうちから運転する私の膝の上にちっちゃなちっちゃなマリンを乗せてお庭を行ったり来たり。
そのうち助手席にリードでくくりつけてご近所をぐるり。
次にスピードを出しても大丈夫かどうか、外環状線を大和川まで往復したりもした。
いつしかマリンを乗せて車で走るなんてまったく普通なことになってしまったけれど最初のうちはいつもドキドキひやひやだった。
ちょっとマリンが動いただけで左手はマリンへ、足はブレーキへと動いていた。



☆☆☆ ☆☆☆



マリンとお出かけするようになって我が家のライフスタイルは大きく変わった。
週末になるとほぼ毎週あちこちお出かけするようになったのだ。





お出かけするようになったのにはワケがある。
ご近所散歩だと全然喜ばないマリンがお出かけ先だと先頭を切ってルンルンと楽しそうに歩くのだ。
マリンの嬉しそうな楽しそうなお顔が見たくて、どんどんお出かけの日が増えていった。
あちこち行ってみてマリンの好きなところがよくわかった。
きれいに整備された公園は好みじゃない。
野性味あふれる自然豊かな場所の方が喜んだ。





そしてついには旅行にも行くようになった。
初めてのお泊り旅行は伊勢志摩だった。
マリンが問題なくお泊りをこなしたことが嬉しかった。





もともと我が家は自営業で日曜日しかお休みがなかったので私には子供のころから家族で遊びに出かけた思い出がほとんどない。
旅行なんて夢のまた夢。
小学生のころは夏休みが終わって友達が遊びに連れて行ってもらった話なんかを聞くとうらやましくてならなかった。
ばぁちゃんもずっと言っていた。
「廃業したら旅行をいっぱいしてみたい。」
だけれど、じぃちゃんが出不精で・・・
望むほどには実現できていなかった。

それが変わった!

マリンがいなかったら、いい年をした親子が毎週一緒に遊びに出かけたり年に何度も旅行に行ったりなんてなかっただろう。

ばぁちゃんはいつも言う。
「マリンのおかげで夢がかなった。いろんなところにいっぱい行けた。」





私は私で
「マリンのおかげで少しは親孝行ができたかな。」

じぃちゃんは・・・何を考えているんだか? 
家族に対して感謝の言葉は一切言わない、家族をほめることは一切しない人なのでわからない。
でもマリンを連れていると知らない人がいっぱい話しかけてくださるのでおしゃべり大好きなじぃちゃんはそれがとっても嬉しそうだった。
じぃちゃんだけだと話しかけても「そうですね」とか一言だけで立ち去られてしまうのにマリンがいたら向こうから話しかけてくださって、お話がはずむんだもんね。
それと食べ物! 
食いしん坊のじぃちゃんはお出かけ先で名産品ランチを食べるのがすごーく好きで、今もじぃちゃんが「楽しかった!あそこは良かった!もう1回行きたい。」って言うのはおいしいランチに出会えた場所が多い。





みんなみんなマリンのおかげで楽しい思い出がいっぱいできた。
マリンは孝行娘だね。


☆☆☆ ☆☆☆


マリンと共に目覚め、マリンと共に眠る。





いつの頃からか、マリンが自分でそう決めて一緒に離れにある私の部屋で眠るようになった。

寒い時期、マリンはベッドにピョンと飛び乗って私の頭の横あたりで眠る。
それ以外の季節はフローリングの床の上、気温に合わせて好きな場所に横になる。
寒い時期、隣で眠るマリンのおなかに腕をまわし、マリンの寝息を聞きながら眠るのは至福の時間だった。

朝、マリンが目覚めて動き出した気配で私は目を覚ます。
わざと気付かないふりをしていたら、マリンはベッドの上に顎を乗せる。
尻尾のブンブン揺れる音がする。
それでも知らん顔をしていたらお手手でちょんちょん! 私の顔をつつく。
結構爪が痛いんだよね。
それで「あれぇ?マリン、起きてたん? おはよー!」って言うとワンワン!ワンワン!
「おかぁさんはお寝坊さんだね。もう朝だよぉ!」





夜、マリンは私がお風呂から出て離れに移動するのを寝そべって待つ。
「お待たせ、マリン。ねんね、行こか。」って言うとピョンっと起き上がる。
一緒に離れに移動する。
たまに遅くまでパソコンに向かっている夜がある。
待ちくたびれたマリンが起き上がり私の足元にやってきてお手手でちょんちょん! 私の太ももを叩く。
「ごめんごめん。」すぐにやめたら尻尾ぶんぶんなんだけれど、「もうちょっと待ってて。」って言うとふぅ〜!とため息をついて私の足元に横になる。
パソコンを閉じる音を覚えていて、その音で立ち上がりワンワン!「終わった?ねんね、行こ。」





幸せな毎日の習慣だった。



けど私は知っていた。

この幸せはずっとずっと永遠に続くものではないことを。





だから「幸せだなぁ」って思う反面で、いつも心のどこかでおびえていた。

怖くて不安で「マリンは絶対に死んだらあかんよ。ずっとずっと一緒にいてね。」
毎晩のようにマリンにそう言って眠りについた。

夜中に目を覚まして急に不安になってマリンの寝息を確かめた夜もある。
「おなか、動いているよね?」って暗闇の中で目を凝らしたこともある。
たまにマリンが寝坊した朝なんて、ぎょっとしたものだった。

すぅすぅというマリンの寝息は幸せの象徴だった。





おびえていた現実は突然襲ってきた。

あの朝もいつもと同じにマリンに起こしてもらった。
いつもと同じ、何も変わらなかった。
なのに、夜「ねんね、行こか。」って一緒に離れに行けなかった。
母屋の一部屋で冷たくなったマリンの隣でマリンのあんよを握りしめて眠った。

あの朝のことを思うと、今でも胸がざわざわして身体が震える。
やっぱり辛い。


☆☆☆ ☆☆☆


マリンの葬儀についてじぃちゃんと揉めた。





けれど妹が頑張ってくれた。
「マリンはお姉ちゃんの子なんやからお姉ちゃんの思うようにしたらいい。お父ちゃんには私が言うたる!」
妹があれやこれや・・・じぃちゃんにもばぁちゃんにも私の代わりに言ってくれたおかげで滞りなく済ませることができた。





「お姉ちゃんの気の済むように。何日でもマリンちゃんを手元に置いておいたらいいよ。」
妹が言った。
ポコは亡くなった翌日に埋葬した。
妹はもっともっとポコを抱いていたかったのに、みんなの仕事の都合や何やらで叶わなかったのだ。
だから・・・私には同じ後悔をしないように、と言ってくれた。

マリンを何日手元におくか・・・
TOMO姉はTOMOちゃんを1週間手元においたそうだ。
1週間・・・マリンが亡くなった頃は暑かった。大丈夫なのかな。
葬儀屋さんに聞いてみた。
「ドライアイスを入れても3日持たせるのは難しい暑さです。」と言われた。
手元にはできるだけ長くおいておきたい。
けれど痛んでいくマリンをみんなに見せたくない。かわいいマリンはかわいいままで送りたい。
3日・・・。ぎりぎりかな? 翌々日の午後荼毘にふすことにした。





マリンは突然亡くなった。
何の準備もできていなくて、何の知識もなくて、いきなりドライアイスの手配で手間取った。
最初なかなか手に入らなかったこともあって、見つけた時には大量買い。
おかげであまるほどの量になった。

ドライアイスのベッドに眠らされたマリンは全く痛むことがなかった。
ほとんどマリンのそばにいたけれど、かわいいマリンは翌日になってもかわいいままで痛んでいく様子はなかった。
「毎日ドライアイスを補充していったらこのままマリンをずっと手元においておけるかも。」
ふと、そう思った。
息をしていなくても呼びかけに答えてくれなくても、「マリンはただ眠っているだけ」そう思えるような気がした。





だけど・・・マリンは喜ぶんだろうか。

やっぱりできなかった。
冷たいベッドにずっといるなんて、きっとマリンは嫌だったと思う。

ずっと以前会社の同僚が愛犬を亡くした時、「剥製にして手元においておきたかった。」と言った。
「そりゃあかんやろ。」って私は答えたんだけど、その同僚の気持ちがちょっとわかった気がした。



☆☆☆ ☆☆☆



昨年暮れ近くにホームベーカリー(HB)を買った。

マリンはすぐにHBが何をするものなのかを理解した。
私がパンを焼く準備を始めるとそわそわとHBの周りで落ち着かない。
芳しいパンの焼けるニオイが漂い始めるとHBのそばに行って寝そべって待ったりもしていた。
焼きあがったら私の後ろをついて歩いてワンワン!ワンワン!
「できたぁ!できたぁ! 一口ちょうだい!」





なのでHBを買ってからはわんこパンもちょくちょく焼いた。
発酵までHBで済ませてオーブンで焼くんだけれどね。
マリンのパンは1個が小さい。
一度にたくさんできるので冷凍庫に入れておいて、毎朝少しずつ私が朝食のパンを食べるときにあげていた。
人用のパンと違ってお塩は入っていないしバターもほんの少ししか使わないので人が食べると物足りない味なんだけれどマリンは大喜びだった。
よもぎのパン、ムラサキイモのパン、大麦若葉のパン・・・
パン作りは楽しくて、マリンの期待に答えたくって、忙しい時もなんとか時間を取ってパンを切らさないようにしていた。

マリンのための御飯作り、お菓子作り、1度も面倒だと思ったことはない。

毎日夕方になると「今夜のマリンの御飯は何にしようかな。」と考えウキウキした。
会社帰りに立ち寄るスーパーマーケット、お買いもの。
楽しかった。
珍しい食材を見つけたら、なんだかとっても嬉しくなった。

今は・・・スーパーマーケットに行ってもつまらない。



☆☆☆ ☆☆☆



今年の初め、仕事を辞めた。

もともと遅くてもマリンの介護が必要になったら仕事は辞めるつもりだったのだけれど、それより早く元気なうちに辞めてマリンとのんびり過ごしたい気持ちもあったので会社都合の退職だったけれど、「ちょうどよかった」と思った。
これからの時間を思うと嬉しくてたまらなかった。





老いたりとはいえまだまだ元気なマリン。
今までみたいに頻繁にお出かけできなくていいからたま〜に近畿圏内でぶらりとお出かけしたりして、後はご近所をお散歩する以外はおうちでのんびり過ごそうと思っていた。

実際時間に余裕ができたので、朝夕のお散歩はゆっくりのんびり時計の針を気にしないで楽しめた。





「マリン、私は幸せやね〜。こんな風にマリンとお散歩できるなんて、私は幸せやね。」

この半年間で何度マリンにそう話しかけただろう。
お天気の気持ちいい日はほとんど毎日そう話しかけていた気がする。

私はもともと出不精だし、週に2度ほどのお買いもの、ハローワークに行くこと、畑に収穫に行くこと以外はほぼ1日中マリンと一緒にいた。

幸せだった。

もっともっと・・・せめて1年そんな時間を過ごしたかったと思う。

でも1年過ごせていたら、きっとせめてあと半年、って思ったんだろうな。

わずか半年だったけれど、1日中一緒の毎日が楽しめたのだから良かったんだ、と思わないとだめなんだろな。






☆☆☆ ☆☆☆



ご近所の方が「また犬を飼いはったらどぉ?こんなに庭が広いのにもったいないよ。2匹くらい飼いはったらいい。」

じぃちゃんもばぁちゃんももしかしたら本当はまた犬と暮らしたいのかもしれない。
けれど一切そういうことは言わない。

二人ともわかっているのだ。

もう自分たちには犬のお世話はできないということを。
じぃちゃんはすでに自分のこともままならない。
ばぁちゃんはまだ今は元気だから多少お世話はできるだろうけれど去年は突然入院することになってしまったし、犬の寿命を考えたら最後まで責任を持つのは到底無理。







命の尊さを知っているから、ひとつの命を預かることの責任の重さを知ってるから、何も言わない。
自分ができないのをわかっていて「犬を飼いたい」なんて言わない。

子供もそうだけれど、大人でも・・・
犬も家族の一員というならば安易に考えてはいけないと思う。


ただ・・・マリンが亡くなってわりとすぐの頃ご近所の人がお悔やみを言ってくださった時、じぃちゃんは言った。

「俺はマリンには良ぅしてもろた。あいつはほんまにかわいいやつやった。もう十分。せやからもう犬は要らん。」





ご近所の人に私は返事をしなかった。
黙っていた。
ばぁちゃんが代わりに返事をしてくれた。

「マリンの存在が大きすぎて・・・。思い出がいっぱいすぎて、なかなかそんな気持ちにはなれないですわ。」





するとその方が「忘れますって。犬と暮らし始めたら忘れますって。」

私は忘れたいんじゃないんだけど・・・
マリンのことはすべて、マリンの笑顔も、楽しかったことも、
最後に目の前で死にゆくマリンに何もできなかった自分の無能さも、
亡くした悲しみも苦しみも全部、忘れたいわけでもなければ逃げたいのでもなく頭に叩きこんで忘れないようにしたいのだ。


その命を一番大事にしていたはずの家族が亡くなったらすぐに他のものに目を向けてしまう。
その生と死を正視するのが辛くて、悲しさを受け止めきれず、目をそらしてしまう。
そんな悲しいことってない、と思う。

一番辛いのは死を受け入れないといけなかった愛犬なのだ。
見送った家族よりずっとずっと辛い運命を受け入れたのは亡くなったその子なのだ。

残された家族はちゃんと受け止めてあげないといけない、と思う。






マリンと暮らした15年はぎゅうぎゅうに中身の詰まった15年。

マリンの命は「死んじゃったの?寂しくなったね。じゃぁ次の犬を飼えばいいよ。そしたら忘れられるよ。元気になれるよ。」で済むほど軽い命ではない。

マリンの命の<代わり>はない。


これから私はマリンの軌跡を追う。

ゆっくりと・・・

それが私にできるまず最初の供養だと思ってる。





共に生きた。
今日を信じて明日を疑わず、いろんな試練を乗り越えて固い絆で結ばれて互いを見つめ合いながら時を重ねた。
手と手をつないで、眼と眼を合わせて、共に生きた。








マリンは私の誇り。
マリンと向き合って暮らした自分自身も私の誇り。
マリンと暮らした15年・・・
その感触は表現するのが難しいのだけれど、それには達成感のような充実感のような・・・そんなものがある。
それがあるから、今は現実が悲しくて寂しくても、逃げずに向き合うことで必ず乗り越えられるはずと思う。


それだけのものを、その力を、マリンは私に遺してくれた。





マリンは<嬉し>や<楽し>だけを享受するのじゃなく、
辛いことも全部黙って自然体で受け入れた。
背伸びするわけでもなく、逃げようとするわけでもなく、
降りかかってきたことを当然のように受け入れた。
その15年、マリンのそばには私がいた。家族がいた。
マリンはひとりぽっちじゃなかった。
そんな経験のひとつひとつがマリンの心に寛容さと慈悲深さを培い、
疑うことを知らぬ目を持つ優しい純粋なお顔になったんじゃないのかな。
「いつ見ても笑ってる」そんなマリンになったのではないのかな。

マリンのように、私も全部受け止めようと思ってる。
マリンの死もちゃんと受け止めて受け入れて、これからの人生をその生と死も一緒に暮らして行こうと思ってる。


☆☆☆ ☆☆☆


妹が言った。

「ポコもマリンもいつもいつも笑ってたよね。最後の最後まで笑ってたね。」





ポコは真夜中リビングで中間試験の勉強をしている姪っ子たちや妹のそばでにこにこしているときに失禁し直後泡を吹いてそのまま亡くなった。
マリンは「ごはん、ごはん!」ってワクワクしながら私の後ろを歩いていて突然倒れて亡くなった。

最後の最後まで笑ってた。

本当はしんどかったのかもしれない。

けどそんなそぶりは見せず、最後までニコニコ笑っていた。





私が、妹が、見落としたサインはあったのだと思う。
何か足らなくて、大事な命の灯を消してしまったのだと思う。
その責めは負い続けないといけないと思っているし、
妹はそうやってポコが亡くなってからの時間を何年も送っている。

だけど、最後の最後まで笑顔でいてくれたこと、長く苦しい時間を過ごすことなく旅立って行ったことは
それだけポコもマリンも幸せだったんだとも思えて少し心が軽くなる。



☆☆☆ ☆☆☆



マリンへ

一番悲しいのはマリンだよね。
愛する人を残し、幸せな場所をあとに逝かなければならなかったマリンだよね。
辛い思いをさせて、悲しい思いをさせてごめんね。
守ってあげられなくて本当にごめん。


マリンへ

マリンがそばにいてくれるだけで私は元気になった。

マリンがいるだけで周りの雰囲気が明るくなった。








マリンの笑顔は周りの人を幸せにした。











じぃちゃんもばぁちゃんも私も。








ナオおばちゃんもあやもじゅんも。









みんなマリンが大好きだったよ。

「マリンちゃん、マリンちゃん!」

マリンはいつもみんなの輪の中で笑顔だったね。





そしてみんなも笑ってたね。





マリンも幸せ、私たちもみんな幸せだった。

マリンは私の自慢の娘。
マリンは私の誇りだよ。

私はマリンから人の一生分に値するほどの幸せを貰ったね。

マリン、たくさんの笑顔を、たくさんの幸せを、ありがとう。


マリン、大好き!





いつまでもいつまでも・・・マリン大好き!

この先何があっても、私の心の中のマリンは変わらない。





マリンが終生私に忠誠心を見せてくれたように、私を愛してくれたように。
私も生涯マリンを思い、愛し続ける。

これからも一緒だから。

ずぅっとずぅっと一緒だからね。


いつか必ず迎えにいくから。

その時まで私のそばでふわふわニコニコしていてね。






☆☆☆ ☆☆☆



チューリップの球根を買った。(まだ届いていないけど)
その数700個!

これだけあったら、花壇いっぱいにチューリップを咲かせられる。
ほんの少しだとなかなか切り花にする勇気が出ないものだけれど、これだけあったら惜しげなく切り花にできる。

マリンの周りを飾るため。チコやムーやポコのお墓に供えるため。
もちろんお仏壇にも。


今ほとんど空き状態で放置されている花壇があるので、ひとつはそこを耕して。
もうかちんかちんの土だと思うから大汗をかきそうだけれど。
それでも全部は植えられないと思うのでもう一つ自分でお庭の片隅を片づけて花壇を作る。
土作りから始めて花壇を作って・・・
相変わらずお散歩で歩いたところには行けなくてすっかり歩かなくなってしまったので、
お庭仕事で汗を流すのはいいと思う。
すでに少しずつ始めていて、チーリップの植え付け時期までには完成させようと思っている。

マリンは今おうちの中では普段使っていない仏間の続きの間で過ごしている。
マリンにとってはたまに通り抜けるだけであまりなじみのないお部屋。
最初はいつも眠っていた場所、と思いPC部屋に寝かせていたのだけれど、
たくさんお花をいただいたしお悔やみに来てくださる人もいらしたので、広いお部屋に移動してもらったのだ。
「マリンはここじゃ落ち着かないんじゃないかな」と、四十九日が終わったらPC部屋に戻すつもりだったんだけれど、
その部屋でマリンと静かに縁側の風景を見ながらのんびり過ごす時間が心地よくてそのままにしている。

けどそろそろ・・・お彼岸くらいまでにはPC部屋に戻すつもりなので狭くなってしまうけれど
マリンの周りが寂しくならないように。
春にはお庭で育てたお花でマリンの周りを飾りたいと思ってる。

頑張るぞ!



☆☆☆ ☆☆☆



最後に・・・

ホームページを始めたきっかけはお友達のぴよちゃんが現在の日記<マリンファミリーのダイアリー>の部分を
自分のサーバー内に作ってくれたことでした。

しばらくしてお友達のまりんママが「自分のホームページを作ったら?」と言ってくださり、
ホームページ作成のノウハウなどまったく持ち合わせていない私のために、時には朝から夕方まで受話器を握りっぱなしで、手とり足とり・・・。
ほんと大変でした。タグの意味もわからない。何にも知らない私でしたから・・・。

悪戦苦闘の末ようやくホームページが完成しスタートを切ります。

けどそれからもまだまだいろいろ大変。
何かあるたび、お友達に助けていただいて今日まで続けることができました。

ぴよちゃん、まりんママ、こーりんさん、ありがとうございました。


チコが縁でお友達になった方、マリンが縁でお友達になった方・・・
お友達が日本中にたくさん。
ネットをしていなければ得られなかったお友達です。

チコがご縁で知り合ったワンたちは皆もう旅立ってしまいました。
マリンが縁を結んでくれたワンたちはすでに旅立ってしまったワンもいれば、今もなお健在なワンもいます。

旅立っていったワンたちは、家族のお迎えをいい子に待っていてね。

今も元気なワンたちには成人式を目指して、幸せな時間をたくさんたくさん積み重ねていってほしいです。

ネット上だけではなく実際にお目にかかれたお友達も結構います。
遠路はるばる大阪にきてくれたお友達、こちらから会いに行ったお友達。
我が家に遊びに来てくれたお友達も。
どんな時もネットでいっぱいお話した後に「はじめまして」という時には全然「はじめまして」の感じがしなくておしゃべりが楽しかったです。

いつかマリンと一緒に会いに行きたい。
そう思いながらとうとう会うことが叶わなかったお友達もいます。
とても残念。



マリンとの日常を綴っていこうと思って始めたホームページ。


日記の更新は今日を最後にします。
(サイト自体はレンタルしているサーバーの期限が来年の春まであるので自然消滅まで多分放っておくと思います)

今日まで本当にありがとうございました。

良いご縁に恵まれ、楽しい時間を送ることができました。

心より感謝申し上げます。


最後に皆さまの未来が優しい光あふれる幸せなものとなりますことをお祈りしています。

愛するワンとの時間が末永く続いていきますように。





最後の最後にマリンからのご挨拶!
下の写真をクリックしてね。






コメントをいただいたお友達、全部拝読しています。お返事せぬままでごめんなさい。

そして、大量の写真、そして長文、最後まで読んでくださりありがとうございました。




■ピッピの母もうこれでお終いなのですね.....
もっともっと思い出話をきいていたかったですけれど、MARIN-MAMAさんが決心されたことですものね。
マリンちゃんが旅立って以来の日記を拝見していて、もう終わりにしようと思われたお気持ちも理解できましたし.....
寂しいですけれど仕方ないですね....。
長い間、ほんとうにありがとうございました。
マリンちゃんとMARIN-MAMAさんに巡り会えたことを、ワンコの神様がいらっしゃるとしたら心から感謝したいです。
マリンちゃんに会いたくなったら、ここに来ようと思いますが、それも来春までで消えてしまうのですね。
ほんとうに、ほんとうに寂しいです.....。
お父様のご健康のことも心配ですけれど、大好きだった
じいちゃんのこと、きっとマリンちゃんがお空から見守ってくれることでしょう。
どうかどうか穏やかな日々をお過ごしになれますようにお祈りしております。
MARIN-MAMAさん、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。   by ピッピの母

マリンちゃん、「ずっとお友達のお約束」...憶えていますか?
友情の印のお洋服、大切にしています。
いつの日か天国で会えたらいいね。  
その時は仲良くしようね。   by ピッピ

..2011/09/07(Wed) 15:54 (2)

■Pippiママもうこれで最後なのですね。
とっても寂しいですがMARIN-MAMAさんが決められたことですものね、、受け止めようと思います。
ピッピちゃんのHPでPippiとお友達になってくれましたね!マリンちゃんの笑顔をここに見にくることがとっても楽しみでした。あの時のわくわく感を今でも懐かしく思い出します。
マリンちゃんやMARIN-MAMAさんからいただいたご縁、そしてたくさんのマリンちゃんの笑顔、、どれだけ元気をもらえたか・・本当にありがとうございました。
マリンちゃんとPippiとのご対面は叶わなかったけど犬見知りのPippiだからお空にいった時にはPippiのことをよろしく頼むね!マリンちゃん!
寂しいですが、、ほんとうにほんとうにありがとうございました。そしてお元気で♪♪
..2011/09/07(Wed) 21:18 (3)

■はな前回の日記からもうこれがの最後更新だって分っているのに・・・どうしてもそんな風に思えなくて。
でも、本当にこれで最後なんですね。

長い間マリンちゃんの笑顔や嬉し楽しのお出かけなどを沢山見せて頂いて、1度もお会いした事がなくてもマリンちゃんやMARIN-MAMAさんそしてご両親様をとっても身近に感じていろいろお話させて頂きましたよね。
これからそんな風に出来なくなるのがとても寂しいけれど、仕方ないんですね。
いつまでも忘れませんよ〜マリンちゃん、MARIN-MAMAさん、いっつも側に一緒に居るマリンちゃんを感じながらどうかお元気で居てくださいね。

お父様のご病気のこと、これから先もっと大変になるでしょうけど、極力1人で抱え込まずに周囲の力を借りて
乗り切って行ってくださいね。陰ながら応援しています。

いろんな思いを書きたいのですが、思うことが多すぎて
上手く書けません。
本当に長い間仲良くして下さってありがとうございました。ありがとうね〜。
..2011/09/08(Thu) 20:56 (4)

■まりんマママリンちゃんとの幸せな思い出だけでもう十分だよね
マリンちゃんが最後
まりんが最後
二人でいっぱい話ししたよね
前回のコメントの私の言葉足らずな部分補うね
マリンちゃんの存在が大きすぎ・・・
私たちの年齢も考えて、生活も考えて・・・わかってる

すべてわかった上で、最後だからあえてこれだけはいいたい

それでも、万が一、MARIN-MAMAが保護しないといけない子が目の前に来たとき
自分でもう飼わないって決めたから。宣言したんだから。マリンちゃんが・・・
とかの思いで、苦しまないでね。ってこと
すべては運命・・・
あの時の誓いは、Wまりんがもっともっとずっとずっと長生きして、私たちの未来もあまりなくなる時の話だった・・・

そんな日はこなくていい
けど、きたら受け入れることも片隅に少し残しておいてね。
MARIN-MAMAは優しいから・・・優しいのに頑固だから
いつかそんな時は自分を許せなくなるやろ、けど私はいいと思ってるってことだけ。マリンちゃんも許すはずだよ。MAMAの幸せが一番なんだからね。
それだけは言って最後にしたい・・・
こんな話、もちろんしたくてしてるんでない。まだこんな時にするもんではない
けど、これが最後になるから・・・ばか!仕方ないじゃん!!

マリンちゃん
なんで・・・?歩けなくなった。点滴してきた。入院すべきかこのままいるべきか。おむつは・・・ってもっとママを心配させて、もっともっと手を煩わせてあげてほしかった・・・
マリンちゃんは本当に、幸せだけをみんなにくれて、煩わしいことは一切なくて・・・親孝行すぎて。急にいなくなって一番の親不孝して・・・
つらいよーーー
こんなに大きな存在だから・・・
だから、これからが心配
これからがマリンちゃんにいてほしかった
心にいるけど、やっぱり触れて、笑顔で癒してもらわないとね。
一人で介護していくって、マリンちゃんがいないと頑張れないじゃん。
MARIN-MAMAは誰が癒してくれるん・・・
万が一、マリンちゃんがMAMAの為に、戻ってきたら・・・
また一緒に暮らしてね
今度はその子の為に頑張って生きれるように・・・
とにかくワンコ飼わなくても・・・絶対にMARIN-MAMAは長生きしないといけないから・・・ね!
マリンちゃんもMARIN-MAMAの心配してるよ
..2011/09/09(Fri) 12:16 (5)

■hamaMARIN-MAMAさんへ
最近コメント出来なくてごめんなさい・・・

この日記が最後だなんて、本当に寂しいです。
もうほのぼのマリンちゃんの写真も見ることが出来ないのかと思うと辛いです。
いつも安らぎをもらっていたように思います。

ほとんど毎日、日記を更新されて写真もいっぱい載せて見せてくれて、忙しい毎日の中でも手を抜かずに
皆に癒しをくれてたMARIN-MAMAさん。。。
いつも感心してましたぁ。
本当にお疲れ様でした。


何度も何度も言ってしまってるかもしれないけれど
マリンちゃんは、これ以上ないほどの幸せな生活を
送って、そして今はMARIN-MAMAさんとご家族の方を
近くで見守っているんですよ。
マリンちゃんの魂が近くにいるんですよ。
マリンちゃんは、MARIN-MAMAさんに「ありがとう!」って言ってるんですよ。

人間に人相があるように、動物にもその子の生活から
表情が現れるんだと思います。マリンちゃん、いつも笑顔で楽しそうな顔をしてましたね〜
精一杯生きて、いっぱい愛情もらって、いっぱい思い出作って、人生を全うして旅立ったんです。

MARIN-MAMAさんの心が癒されることは、とても難しいですが、でもマリンちゃんほど幸せな子はいないんじゃないかと思うくらい大切に大切にされてたと思います。
それだけは信じて欲しいですし、少しずつでも
お元気になっていって欲しいです。

MARIN-MAMAさん、本当にありがとう!
マリンちゃん、今までありがとう!
..2011/09/09(Fri) 19:32 (6)

■タローかあちゃん何年くらい前だったでしょうか・・・・Pippiちゃんのところからこちらに遊びに来させてもらいましたよね。

たくさんの言葉をかけてもらって、たくさんの力を貰って、写真でたくさんのところに連れて行ってもらって・・・本当にたくさんのありがとう。

いくらお礼を言っても言い足りないぐらいです。

MARIN-MAMAさんの本当の優しさをたくさんありがとう。
また会える日があればいいのになと思います。

MARIN-MAMAさん、お体を大切に元気でお過ごしくださいネ。

本当に、本当にありがとう。

..2011/09/13(Tue) 09:32 (7)

■Yokoとても寂しいです。
MARIN-MAMAさん、マリンちゃんと知りあうことができて私もニーナもとっても幸せです。

MARIN-MAMAさん、ゆっくりでいいから元気になってくださいね。
またMARIN-MAMAさんの優しい日記を読める日が来るといいなぁ、と思いつつ…
ありがとうございました。
..2011/09/13(Tue) 11:10 (8)

■紋次郎マママリンちゃんはすべてをわかっていたと思います。
MARIN-MAMAに迷惑かけないように・・。つらさも楽しさも一緒に感じていたから。
わんこを含むペット(言い方悪いですが)は家族の気持ちを察知する力もすごく強いと思います。

上手くいえないけど

マリンちゃん、ありがとう。
..2011/09/15(Thu) 00:44 (9)

■つまマリンちゃん、お疲れさま。ん?疲れてなんかないかな。
この世を、十二分に満喫したもんね。いろんなことを、ご家族としたもんね〜。楽しかったね!ご家族も、いっぱい幸せにしましたね!
マリンちゃんの日記は、これで終わっても、みんなの心の中では続いてるよ。MARIN-MAMAさんの新しい日記が、始まったら、マリンちゃんも一緒に見ようね。
..2011/09/16(Fri) 14:13 (10)

■らむここずっと言葉を探していてコメントできませんでした。
いまもまだ、どんなふうに書いたらいいのかわからないでいます。

こちらに遊びに来るようになってからの数年、マリンちゃんとご家族みなさんの笑顔の写真がいっぱい見られて、本当によかった。
この日記に流れている時間は、そのまま、わたしの家にも流れた時間です。
これからも大切にします。
ホントにありがとう。

..2011/09/18(Sun) 20:20 (11)

■ベリエご無沙汰してごめんなさい
来年の春でマリンちゃんのHPがなくなるなんて悲しいです
でも、MARIN−MAMAさんの決めたことなんですよね
マリンちゃんとMARIN−MAMAさんはベリエの憧れです
今でもマリンちゃんとMARIN−MAMAさんみたいな関係になりたいと思ってます
今まで本当にありがとうございました
マリンちゃんの優しい笑顔にたくさん癒されました
マリンちゃん、MARIN−MAMAさん、本当にありがとう☆
..2011/11/21(Mon) 21:28 (12)

■あっつぁんMARIN-MAMAさん、2014年になりましたね
いかがお過ごしでしょうか
あっつぁん、虎六は元気です
だいぶ時間が経ってしまいましたね
今、ろろちゃんとの時間を懐かしがりながら、マリンちゃんの記事を読みました
ろろが旅立ってもう10年以上も経ってしまったなんて
時間の経つのは本当に怖いくらい早いです
今、ちょっと頭を悩ませているのは、年末から家の周りをウロウロしている野良犬です
前足が骨折してるようで他の3本の足で歩いてます
できれば保護したいんですが、難しいですねー
エサを上げて少しずつ距離を縮めて…
でもリードをしようとすると逃げたり呻ったり
参りましたー
相変わらずワンコ漬けの日々を送ってます
気が向いたらメールくださいね
..2014/01/02(Thu) 14:35 (13)

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▼2011年 8月28日 (日)   -- 投稿日:2011/08/28(Sun) 20:44   ... No.[15]



27日は二度目の月命日。





マリンの姿が家の中から消えて2カ月が過ぎた。

ようやくふとした瞬間にマリンの姿を探すことがなくなった。

マリンと言えば、遺骨と遺影のある場所、になってきた。

慣れたのかもしれないけれど、そんな自分がたまらなく悲しい。





今でも朝起きてすぐ、お昼ご飯の後、お茶の時間、晩御飯の後・・・時間があれば日に何度でもマリンの遺骨と遺影の前でぼんやりとお線香の煙とお花を見て過ごす。

夜テレビを見る時には自分のそばにマリンの遺骨を持ってきて片手で抱えて見ている。

お風呂に入る時には「マリン、お風呂に入ってくるね。待っててね。」って声をかける。マリンが生きていた時と同じ。

夜寝る時にはマリンの遺骨も離れの私の部屋に移動する。
「マリン、お待たせ!ねんねに行こね。」って言いながら。
以前と同じ。





マリンの遺骨は遺骨であって、マリンの魂がその中にあるとは思わないのに、それでも何か触れるもの、見えるもの、で納得しようとしているのか、そばにおいておきたい、と思う。





この前、ダンボくんのお父さんとお母さんが用事があってこられた時、「少しは元気になられましたか?」って聞かれた。

元気にはならない。当たり前だけれど・・・

けど普通には暮らしている。泣き暮らしているわけじゃない。

日によって気分にムラがあり、たまらなくなって夜中に泣いていたり、写真を見ていたら涙が止まらなくなったり、そんな日もある。

けど、高齢者を抱える身ではじっと悲しみの中に沈み込み続けているわけにはいかないので、それなりに暮らしている。





「お花をありがとうございました。まぁまぁなんとか暮らしています。」って言ったら・・・

ダンボくんのお父さんが「また犬を飼いはるんやったら世話しまっせ。知ってるトコがあるんですわ。」って話し始められた。

一瞬にして私の表情が固まったんだと思う。

ダンボくんのお母さんがすかさず「そんな無理やよね。マリンちゃんは○○ちゃん(私)にとっては我が子同然やってんから。まだそんなに日もたってないのにね。我が子を亡くしてすぐに養子をもらおうって思う人なんておれへんよね。」って助け舟を出してくださった。

助かった、と思った。





愛犬を亡くしてすぐに新しい犬と暮らせる人もいる。

だけど・・・私は無理。

理由はいろいろあるけれど、今の私は何より心ががほかの犬を受け入れようとしていない。

もしも今犬が我が家に来て、マリンが寝そべっていた場所、マリンがくつろいでいた場所、走り回っていた庭・・・をわがもの顔で満喫していたら「どいて!そこはマリンの場所!」

許せないと思う。

この家もこの庭もマリンのものだ。

ずっとずっと・・・少なくとも私がそう思っている間はここに暮らす犬はマリンしかいない。





この前お買い物に行ったら、生サンマが売っていた。
北海道で獲れたものだそう。
初物だな。

マリン、サンマが大好きだったよな。

そう思ったら、サンマとしたら少々お値段が高いように思ったけれど買ってしまった。





マリンはサンマが大好きだった。

お庭で炭火でサンマを焼いている時なんて「マリン、危ないよっ!あちちやよっ!」
しっかり見張っていないと炭火に顔をひっつけてサンマをひっくり返す時に飛び散る脂を舐めようとするので危ない!危ない!
ひやひやした。





マリンの晩御飯のメインディッシュにもサンマはよく登場した。
青いお魚はたいてい大好きだったけれど、サンマはとびきり好きみたいだった。

いつも半分。

残りの半分をテーブルの上に置いておくと、マリンはフンフンフン。テーブルを見上げ「まだここに残ってるよ。食べたいです。」って必死でアピールしていた。

「マリン、もう食べたやろ?これはまた今度ね。」

いつか丸ごと1匹、「ほぅらマリン!サンマ! 好きなように食べていいよっ!」って・・・いつか丸ごと1匹マリンにサンマを食べさせてあげたいなっていつもいつも思いながら肝臓の悪いマリンに過剰なタンパク質はよくないと思って、悪化させるのが怖くてあげられなかった。

こんなことになるのなら、食べさせてあげたらよかった。

マリン、すごく喜んだだろうな。

想像すると・・・嬉しそうにがつがつ食べるマリンの姿が目に浮かぶ。





妹がこの前「私ね、ポコの若い時の写真の顔より年をとってからのポコの顔のほうが好きやねん。」って言った。





私もそうだ。

子犬の時のマリンの顔より、若い頃はつらつとしていた頃のマリンの顔より、10歳を過ぎたマリンの顔のほうが好き。





写真で振り返ると少しずつお顔が白くなっていっているのがわかる。
そしてどんどん表情の中に見える優しさ穏やかさが増していっているのがわかる。

10歳を過ぎてもマリンはお転婆で元気に走り回っていたけれど、それでも精悍さはどんどん消えていっていてその代わりに穏やかで優しい深みの増したお顔になっていった。





私の心の中のマリンのお顔も晩年のマリン。

じっと見つめあうその目もその顔も晩年のマリンの目、晩年のマリンの顔。

いつも口角が笑ってる。
お山で何かをじっと見つめている時でもマリンの口角は笑みを含んでいて、そんなマリンの顔が大好き。

きっとたくさんのたくさんの優しさを心に持っていたからあんなに優しい深みのあるお顔ができたんだろうなって思う。





老いた人間は、年を重ねた人間は・・・なかなかあんな風にはなれない。
老いてあんなに深みのある穏やかなお顔をしている人を私は見たことがない。

私もたぶんなれないんだろうな。

マリンみたいな可愛らしいおばあちゃんにはきっとなれないと思う。

人より犬は純粋で心が綺麗だから、あんなに素敵に年を重ねることができるんだろうなって思う。





風花ママさんがお悔やみに来てくださった時、「老犬のかわいさは格別やろ。」っておっしゃっていた。

そうなんです。

ほんとにそう。

子犬の可愛らしさなんて足元にも及ばない。

ほんとにほんとに心の底から愛おしい。

今も・・・そしてこれからも。

マリンは世界中で一番愛おしい私の一人娘。





マリンに会いたい。

2カ月たってもそう思う。

マリンともう1度暮らしたい。

2カ月たってもそう思う。

たとえば1カ月だけでもいいから、もう1度暮らしたい。

もしも叶ったら・・・サンマを丸ごと1匹食べさせてあげよう。

アイスクリームも「おでかけの時だけ!」なんてケチなことは言わないでおうちでも半分こして一緒に食べよう。

目と目を合わせていっぱいマリンとお話しよう。

「おかぁさん、いい加減にしてよ」って言われてもなでなでしてお耳を触ってお顔を触って背中を触っておなかを触って・・・





マリンと暮らした15年・・・

ほんとにほんとに幸せだった。

マリンを幸せにしてあげたくてがんばっていた私だけれど、私がマリンに贈った幸せより、私がマリンからもらった幸せのほうがずっとずっと多いよね。











マリン、お目目とお目目を合わせてお話しよっ!





これからは心のお目目を合わせる練習を重ねて行こう。

少しずつ上手になって、心のお目目でも<あうんの呼吸>ツーカーの関係に。

まだまだ続くね。

マリンと私の時間。

まだまだ修行の毎日だね。



☆☆☆ ☆☆☆



これからのマリンと私。

心の目でお話するようになります。

写真は2009年の11月末くらいまで振り返りました。

最後の1年半分はゆっくりゆっくり時間をかけて静かに振り返りたいと思っています。

直近のものはまだ見る勇気がないので、いつ見られるようになるかわからないけれど・・・


心の目で、心の中で、マリンと暮らしマリンと話す。

もう日記に綴ることもないでしょう。

次の更新を最後に、10年あまり続けてきたホームページを終わりにしようと思っています。

10年以上も・・・よく続いたものです。

マリンがそれだけ毎日笑顔を、楽しい時間を私たちに届けてくれてきたから、ですよね。

主役のマリン、良く頑張りました!

最後の最後まで笑顔でしっかり生き抜きました。


あと1回。

マリンファミリーの楽しかった時間を振り返って日記を書きます。

最後のご挨拶はその時に。





■紋次郎ママお久しぶりです。なんとなく久しぶりに覗いてみたら・・・。びっくりしました。
一度覗いたときは元気にお出かけしていたので本当に驚いています。
父のことがあってから㏋のほうはご無沙汰でしたが、マリンちゃんが教えてくれたのかもしれないですね。
日記を閉じる前で本当によかったです。

みんな年をとったよね。半年前にyokoさんのはなこちゃんも亡くなりました。紋次郎ももう11歳。ロング散歩を嫌がりますが元気にしています。

マリンちゃん、ありがとう。教えてくれて。そして私たちを会わせてくれてありがとう。またそちらで集合することがあると思うから、待っていてね

MARIN-MAMAありがとう。私に犬と暮らすことについて、いろいろ教えていただきました。本当にありがとうございます
..2011/08/29(Mon) 22:11 (16)

■Nekoそうですか、HP閉じられるのですね。
寂しいなぁ。
マリンちゃんは私にもいっぱい笑顔を届けてくれたよ。
マリンちゃん、MARIN−MAMAさんありがとう。
いつかね、私もらんちんもお空へいくから一緒にお散歩しようね。
その時はらんちんとガウリンしないで仲良くしてね。
..2011/08/31(Wed) 08:30 (17)

■モモ母マリンちゃん、今日も可愛いね。
「なあに?」て振り向いたお顔、にっこり笑ったお顔、ルンルルルンと走る姿・・しっぽがクルリ〜ン、とっても楽しそう(*^_^*)。
MARIN-MAMAさん、ホームページを閉じられてしまうの?
マリンちゃんの笑顔に会えなくなるの、寂しいなぁ・・
元気をもらいたくなったら、マリンちゃんのお顔を見に来たいなぁ・・て・・ワガママ言っちゃった。。

マリンちゃん、あなたの無垢な愛らしさ、おばちゃんも大好きやよ。
いつも、どこでも、楽し&嬉しを探しだせる、そのヤンチャさも。。。
モモも11歳を過ぎて、お顔がだいぶ白くなって、走るのが遅くなったりお昼寝の時間が長くなったり・・・まったり過ごすことが多くなったよ。
まだまだとらボンをひっくり返してガルルンしてるけどね。
いつか、そんなモモちょんも、とらボンも、私も、お空へ行くから、その時はいろいろな「うれし」「たのし」を教えてね。
..2011/08/31(Wed) 11:21 (18)

■Yokoとってもとっても寂しいです。
ニーナが我が家に来る前からずっとMARIN-MAMAさんの日記を拝見してて、もう8年にだったのですね。
ニーナが来た時に「マリンの子犬の時とそっくり!」ってマリンちゃんの写真を見せてくれたのはも8年も前のことなんだ…ついこの前のような気がします。
マリンちゃんの笑顔とMARIN-MAMAさんの優しい日記が大好きでした。
もし、もし、、またHPを再開されることがあったら知らせてくださいね。
..2011/08/31(Wed) 13:25 (19)

■tonton私がPCでインターネットを始めたころ。。もう何年前かなぁ。
慣れない手つきでキーボードをたたき、わんこのホームページを探しました。
そこで、見つけたのがマリンちゃんのHPでした。
マリンちゃんの可愛いこと!マリンママさんの愛情たっぷりのお話。すぐにこのホームページが大好きになりました。マリンママさんの日記の更新が楽しみでした。

それからしばらくして・・マリンママさんとお話できるようになって。。とっても嬉しかったです。
ホームページを終わりとのこと・・本当に寂しいけど・・
マリンママさん、マリンちゃん、どうもありがとう。
..2011/08/31(Wed) 15:30 (20)

■まりんママすーーっごくわかるよ
すべてマリンちゃんの!!
レインがきてもう5年にもなるのに、レインは可愛そうだけど可愛がることはできない・・・
まりんが可愛そうで、レインを抱くこともできない、呼ぶときも甘い声は出せない・・・
まりんだけがママの赤ちゃんだからね・・・っていつもレインに言って・・・
レインが可愛そうだけど、まりんは私が求めた子で私はまりんを裏切れない
レインがいることで、まりんが嫌な思いをしているから・・・レインがきた年の冬の初め、まりんは喘息になった。しばらくしてハゲができた
こんなのまりん可愛そうで・・・

けど、レインも可愛そうな子だ・・・

MARIN-MAMA・・・
すごくわかるよ マリンちゃんは宝物 マリンちゃんが嫌がることはしないし、したくないし

今、確かに他の子を・・・なんて言いたくもないし聞きたくもないよね

でもね、忘れないでよね・・・
今までいろいろあったよね
お友達の不幸をみんなで乗り越えてきたよね
あのとき、二人で話ししたこともあったよね
「今は言えないけど、いつか他の子と出会えて元気になってくれる日がきてほしい」

わかってね
私は他の子を勧めてないよ
けど、MARINーMAMAは保護された子を引き取れるものなら・・・って思ってた優しい人
万が一、そんな出会いがあったときに
自分を責めないでね
いや・・・責めていい。けど、不幸な子を救ってあげてほしい
マリンちゃんとMARIN-MAMAが出会わなかったら・・・マリンちゃんはこんなにも幸せではなかったでしょう
いつかマリンちゃんがまたMARIN-MAMAと出会えたら・・・
待っているかもしれないし、MARIN-MAMAが自省して苦しむのをマリンちゃんはどう思う?
ごめん
けどね。。。
二人で約束したでしょ
こんなときが訪れたら嫌なことでも言うよ!って
私のこと嫌ってもいいよ
けど、叱るのは私の役目
こんなに早くHP閉じるなんて言うから
ここはMARIN-MAMAの大切な思い出たっぷりの場所だよ
このまま、ずっと苦しまないでね
..2011/08/31(Wed) 19:00 (21)

■はなこの次の更新を最後にHPを閉じられること、もう決めちゃったんですか?
本当にそうなるって俄かには信じられない思いです。
ピッピちゃんを通じて仲良くして頂いて、もう随分長い月日が過ぎて・・・
マリンちゃんの日常の中で溢れる笑顔とお出かけ先の弾ける笑顔、そして、MARIN-MAMAさんの細やかな愛情たっぷりのお話、全部がとても好きだったのに・・・
沢山のお花の写真も夕焼け風景の写真も時々の鳥さんの写真も共通の話題がいつもあって・・・
いろんなお話まだまだしたかったのに・・・
とてもショックです。後一回だなんて!

先日のお花は白とピンクとどちらにしようかと迷ったのですが、マリンちゃんにはピンクが絶対にお似合いだと思って、あえてそうさせて頂いたの。
MARIN-MAMAさんのお気持ちにも添えて良かったです。
..2011/08/31(Wed) 20:19 (22)

■らむここここに遊びに来るみんなが、MARIN−MAMAさんとマリンちゃんのこと、大好きです。
悲しみを肩代わりしてあげることも、つらさを減らしてあげることもできなくて、ごめんなさいね。
この日記はMARIN−MAMAさんとマリンちゃんのものですものね。
大切だよね。
だけど、やっぱりすごく悲しいです。
..2011/09/02(Fri) 11:54 (23)

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▼2011年 8月25日 (木)   -- 投稿日:2011/08/25(Thu) 17:14   ... No.[14]



8月23日、ハローワークから帰ったらばぁちゃんが
「マリンちゃんにお花が届いてるよ」

マリンのそばに行ってみたら、かわいいお花が飾ってあった。





どなたが贈ってくださったんだろ?と思って贈り主を見たらはなさんだった。

はなさん、ありがとうございます。
かわいいピンクのお花です。

ばぁちゃんによると配達に来られた方は「あのぉ、これね、お供えになってるんですけど、こんな色花でいいんでしょうか?」って気にしてくださっていたんだそうな。

ばぁちゃんは「あぁ、いいんですよ。ありがとうございます。」ってにっこりお返事したそうな。

そうなの、そうなの、いいんです。

人の場合はどうだか知らないけれど、マリンの場合は(ま、ついでに言ってみると私の場合でも)色花オーケー。問題なし。

白いお花も大好きだけれど、マリンの周りが真白だとなんだか悲しくて寂しくて心がしゅーんとしてしまう。

白いお花は楚々としていて必要だけれど、それ以外は赤でも黄色でもブルーでもピンクでも、色とりどりのほうが少し心が元気になる。

この日も「マリンの周りがちょっと寂しいかな」って思ってハローワークの帰りにお花屋さんに立ち寄ったのだけれど、ピンクのバラも買ってきた。
棺に入れるお花ならトゲのあるものはちょっとなぁって思うけれど、マリンの周りを飾るのなら、トゲがあっても大丈夫。
マリンはノバラだらけの所だって走り回っていたしね。


はなさんはお花だけじゃなくってこんなものも届けてくださった。




葡萄。ニューピオーネ!

はなさんのブログには毎年登場する岡山の名産品。

そっか・・・そんな季節なんだなって思った。

じゃぁ、そろそろ名張まで葡萄を買いに行く季節も近いんだなって思った。

毎年のように9月になるとマリンも一緒に葡萄を買いに名張の青蓮寺湖まで出かけていた。
お買い物の後マリンは青蓮寺湖で気持ちよさそうに泳いでた。

去年も泳いでいたなぁ、洋服を着たままで・・・

そんなことを思い出した。

いただいたニューピオーネはとってもおいしかった。

マリンにも「もういくつだって食べて良いよ。好きなだけ食べていいからね。」って伝えた。

はなさん、お気遣いいただいてありがとうございます。

葡萄大好き一家なので4房もいただいたのに、すでに残りは一房です。
マリンの前にお供えしてあります。
一緒に味わっていただきますね。


☆☆☆ ☆☆☆


同じ日町内の子安地蔵寺にて地蔵盆。

ばぁちゃんがお供えに行ったのだけれど、こんなものを持って帰ってきた。





盆踊りの準備をされていた町内の電気屋さんが「マリンちゃんに持って帰ってあげて。」って下さったのだそうな。

電気屋さんは盆踊りに来た子供たちにあげようと、作り方を教わって風船をたくさん買って準備をしてこられていたそうで、子供たちもたくさんもらってたって。

この電気屋さんはうちの出入りの電気屋さん。
些細な電球の交換でも来ていただいたりしていて、マリンも良く知っている人。

電気屋さんはマリンが亡くなったことをご存じじゃない。

子供たちのために準備されていた風船細工を「マリンちゃんに」って下さったってことは、ご近所の親しくさせていただいている人たちから見てもマリンは我が家の子供、かわいいお嬢さんだったんだなって思った。

嬉しかった。

去年の地蔵盆・・・じぃちゃんがお寺の総代として行っていて心配だったので、夜になってから様子を見にマリンと一緒に行ったなぁ。

マリンはじぃちゃんの心配ができるくらいに元気だったのに。



いろいろいただいてマリンの周りは相変わらず賑やかです。





☆☆☆ ☆☆☆


マリンは私が出かけたら、それが仕事なのかちょっとした用事なのかわかっていて、「ご近所でそんなに遅くならないで帰るんだな」って思った時にはいつもこんな風に門のところで待っててくれた。





畑に行った時、ご近所のスーパーに行った時、家に帰ったら門扉にぺったんともたれかかって待っててくれているマリンの姿があった。





その姿がかわいらしくて、いじらしくって、とっても嬉しかった。





ここ1年くらいはお耳が遠くなってしまって、私が道路から家の前のカーポートに入っても気づかずうとうとしていることが大半で、門のすぐ前まで行って「マリン、ただいま!」って声をかけたらびっくりすることも多かった。





亡くなる前々日も待っててくれた。

マリン地方は5月6月とどんどん暑くなってきていて、マリンはあまりお庭に出ることがなくなっていて、門で待っていてくれることもなくなっていたのに、亡くなる前々日は出かける私の後ろをトテトテとついて来て門扉のところで出かけるをじぃっと見つめていた。

なんだかちょっと寂しそうな目だったのだけれど、こんな暑い日にお外まで見送ってくれるなんて、体調がいいのかな? なんて思ったりしていた。





でもほんとに暑い日だったので、このままここで待っててくれたら身体に悪いと思って、ドアホンでばぁちゃんを呼んで「マリンが私の後ろをついてきてしまった。暑いからおうちの中に入るようにして。」って頼んで出かけた。





マリンはばぁちゃんがいくら家の中に入れようとしても入らなかったようで、外出中3回もメールが来た。

「入りません」
「あきらめたのかやっと入りました」
「入ったと思ったのにまた門のところに行ってしまった」





マリンのことが気になって私は早々に帰ったのだけれど・・・





「マリン、暑いのに・・・。おうちで待っててくれたら良かったのに。」

ばぁちゃんは「最近は外でじっといることなんかなかったのに、今日は体調がいいんかなぁ。ずっと待ってやったで。」





体調が良いのかな?

その時はそう思ったのだけれど、そうではなくて・・・





本当はそうではなくて、マリンは自分の身体に何か異変を感じていて不安だったのかもしれない。

不安だったから、私にそばにいてほしかったのかもしれない。

出かけてほしくなくて、そばにいてほしくて、待ってたのかもしれない。





その日のマリンは私がちょっと動くだけで後ろをついて歩いていてストーカーぶりがすごかったので、体調が良いのかなって思ってたのだけれど、そうじゃなくて、不安だったから、私のそばを離れなかったのかもしれない。





マリンが亡くなってしまってから・・・

そう思った。





なんで気づいてやれなかったのか。

その日のおでかけはマリンの様子になんか不安がぬぐえなくって、いつもと違う獣医さんにマリンのデータを持ってお話を伺いに行っていたのだけれど、そんなことをするよりマリンのそばにいてやるべきだったのかもしれない。

どんな名医よりも一緒に暮らす家族、守ろうと思って一生懸命な家族のほうが名医。

私たちはしょせん素人。
そういう人もいて確かにそうなんだけれど、それでも・・・

どんな獣医さんよりマリンのことについては自分のほうがよくわかっている。

私が1番よくわかってる。

いつもそう思っていたのに・・・最後になってその自信がぐらついて、心がぶれて揺れて・・・

マリンに寂しい思い、不安な思いをさせてしまった。

暑い日に、午前中いっぱいマリンを一人(ばぁちゃんはお外で動かないマリンのそばで草むしりをしながら様子を見ていてくれたんだけどね)待たせてしまった。

後悔しても遅いけど・・・

いつかマリンに会ったらそのことを謝りたい。

待たせてごめん。
マリンは一緒にいてほしかったんやよね。
それなのに・・・一人おでかけしてしまってごめん。
獣医さんでの相談なんてマリンは要らんかってんよね。
マリンは私が一緒にいるだけで良かったんだろうに、ごめんね。






お庭のききょうが咲いた。

玄関の一輪ざしに生けてみた。

雑草も一緒に。

いつもは「うわぁ・・・こんなに大きくなってる。草ぼうぼうだぁ。」ってぐいぐい引っこ抜いてしまう草だけれど、こうやって生けてみると綺麗だな。






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▼2011年 8月21日 (日)   -- 投稿日:2011/08/21(Sun) 17:15   ... No.[13]

お返事





仕事を辞めて家にいるようになってから、週に2度ほど食料品の買い出しにばぁちゃんと車で出かけるようになった。

そんな時マリンはお留守番。

家に帰るといつも勝手口のすりガラスの向こうに尻尾を振るマリンの姿が見えた。
わざとなかなか鍵を開けずに見ていたらワンワン!ワンワン!という元気な声が聞こえた。

マリンが亡くなってからもその習慣が抜けず、家に帰ってきたら無意識で勝手口の向こうにマリンの姿を探していた。

姿が見えなくても鍵を開けたら「マリン、ただいま!お迎えは?」って大きな声で言っていた。

先日マリンの四十九日までにいただいたお供えのお礼を発送するために出かけた時、家に帰ってきても勝手口でマリンを探さない自分がいた。

鍵を開けて真っ先にマリンの遺骨と遺影の前に行き「マリン、行ってきたよ。お花のお礼を送ってきたよ。」って報告していた。

帰ってすぐ勝手口にマリンの姿を探さなかったことに後になって気付いた。

家の中にマリンの姿が見えないことに少しずつ慣れてきたんだなって思うととても悲しく寂しく、なんとも言えない気分になって涙が出た。



☆☆☆ ☆☆☆



今日までいただいたコメントに全くお返事をせず、申し訳ありませんでした。

やっとお返事を書きました。
遅すぎますよね・・・
ごめんなさい。

2009年1月〜4月までのマリンの写真とともに下記に記します。





☆ 6月27日にいただいたコメントに・・・

BOSS母さん、タローかあさま、Nekoさん、ベリエさん

ほんとに突然で・・・
目の前で倒れたマリンを見ても、そのまま亡くなってしまうなんて即座には思いませんでした。
数秒???後に「うそっ!」って「まさかっ!」ってそんな感じでした。

タローかあさま、Nekoさん、これからマリンはのんびりおばあちゃん生活を満喫する予定だったのですよ。
今までずぅっと走り続けてきましたから、「もうそろそろゆっくり過ごそうね」ってそんな気持ちだったのに。

BOSS母さん、マリンの笑顔でニコニコになってくださったのですね。ありがとう。

ベリエさん、マリンを好きと言ってくださって嬉しいです。
まんまるお目目もおねだりするマリンもねんねのマリンもモデルさんのマリンも・・・みんなみんなは私も大好きでした。





☆ 6月28日にいただいたコメントに・・・

モモ母さん、Pippiママさん、ベリエさん

モモ母さん、マリンは本当にあわてんぼうだよね。こんなに急いで旅立たなくてもよかったのにね。

Pippiママさん、寂しい・・・悲しい・・・ずいぶん長く生きてきましたけど、こんなに辛い年は初めてです。
もっともっと私もマリンの笑顔を見続けたかったです。

ベリエさん、あの時よくご連絡くださって会ってくださったと思います。USJでの貴重なお時間だったのに。
感謝しています。
ほんともう1度会っていただきたかったです。
マリン旅立ちの日・・・宮城県も暑かったのかな。大阪は青い青い空でした。





☆ 6月29日にいただいたコメントに・・・

はなまいさん、Yokoさん

はなまいさん、マリンは笑顔で元気をお届けできていたのですね。嬉しいです。ありがとう。

Yokoさん、マリンはきっと今でもお空でニコニコしていると思います。見えないのは寂しいけれど心で感じて毎日過ごしています。
私は大丈夫。ありがとうございます。





☆ 6月30日にいただいたコメントに・・・

はなさん

はなさん、15歳のお祝いをしてわずか一週間・・・早すぎますよね。ほんと「なんで?」そればかり思っています。
これからはのんびりとゆっくりと1日1日を過ごすはずだったのに。
マリンはどこに行ってもニコニコだと思います。
思い出をいっぱい持っていきましたから、話題に事欠かずにぎやかに過ごしていると思います。





☆ 7月1日にいただいたコメントに・・・

ピッピの母さん、つまさん、ベリエさん、Nekoさん

ピッピの母さん、とうとうマリンを連れていくことがかなわないまま、マリンはお空に昇ってしまいました。
もう少し早くから遠出の旅行を経験していたら叶ったかもしれません。少しずつ遠くへ行くようになってあともう少しだったのですけど。
いつかお空でマリンに会ってやってください。写真と同じ笑顔でマリンは出迎えることができると思います。
長い長いお付き合い・・・いつもいつも優しいコメントをいただいて、ありがとうございました。
いただいた切手ね、少し使いましたが、残りは・・・宝物にしています。

つまさん、マリンはいい子スイッチも元気スイッチもオンして旅立ちましたから、今もいい子に元気に過ごしていると思います。
大丈夫!ですよね。

ベリエさん、日記の更新はね、正直辛いです。っていうかパソコンを開くのが辛いです。
パソコンを立ち上げたら・・・お気に入りもほとんどがマリン関係。かなりきついです。
マリン、普通にねんねしているみたいなお顔でしょう。
アップしようかどうしようか迷いましたが、マリンが最後までべっぴんさんの優しいお顔でいたことを見ていただきたくて載せました。
地震の後の電話でマリンの声が入っていたのね。うるさかったでしょう? いっつもあんなだったのよ。

Nekoさん、マリン穏やかなお顔をしてるでしょ。本当に優しいお顔をしていて、今にも動き出しそうな感じでした。
うんうん、これからもずーっとずーっと一緒です。





☆ 7月2日にいただいたコメントに・・・

モモ母さん、tontonさん、hamaさん

モモ母さん、マリン穏やかなお顔をしてるでしょ。
長く病まなかったので亡くなってもやつれもしてないし普通な感じで亡くなったことがなかなか信じられませんでした。
そっとしてたら目を覚ますんじゃないかって思ったりもしました。
マリンを守り切れなかったこと、生涯忘れないと思います。
「何かしてやれたはず」この思いは今も消えません。
ただ・・・マリンは幸せな生涯を送ったのだという風には思えるようになってきたよ。

tontonさん、ご無沙汰です。
マリンはいっぱい愛してくれて、愛されて・・・これからも続きます。ずーっと! 
マリンの日記でほっこりしてもらえたなんて、ありがとうございました。

hamaさん、マリン穏やかなお顔で眠っているでしょう。
何もわからないまま普通にねんねするつもりだったのかもしれないですよね。
命って重いけれど、消える時は一瞬なんですね。
「人間以上に切ない」・・・本当にそうですね。
純粋な分その命は透明感があってきれいで・・・いろんな別れを経験してきましたけど、1番辛い別れでした。





☆ 7月4日にいただいたコメントに・・・

ベリエさん

ベリエさん、私もマリンのイメージってピンクなの。ほんわり淡い色合いのピンク色。だから自分でお花を買いに行くとついついピンク色のお花を探してしまうよ。
なかなか笑顔になれず、ぼんやり無口なことがやっぱり多いのですけれど、多分マリンは根気よく待ってくれると思います。わかってくれると思います。





☆ 7月5日にいただいたコメントに・・・

タローかあさま、hamaさん

タローかあさま、多分痩せてません。食事はちゃんと食べてますから大丈夫!ご心配いただいてありがとう。

hamaさん、うんうん、姿は見えなくてもマリンはきっとおうちにいてくれていると思います。
私のそばにいてくれていると思います。約束したものね、
ずっと一緒!





☆ 7月10日にいただいたコメントに・・・

リネオさん

リネオさん、川遊び・・・行けたらよかったのだけれど、今年の夏も暑いものね。
行けたらよかったのだけれど、いくらでも連れて行ってあげるつもりだったのだけれど・・・
そうですね。お出かけ記録を見つけてくださってコメントくださったのですよね。
こんなに早く旅立つのなら、早めに声をかけて会わせていただけばよかったです。あの溜め池公園には時々行ってたのですよ。
長く苦しまなかったことは幸いですけど、あまりに急で・・・もっともっとしてあげたいことはたくさんあったのに・・・。
ずっとずーっとお友達! ありがとう。





☆ 7月11日にいただいたコメントに・・・

BOSS母さん

BOSS母さん、マリンも私も良いご縁に恵まれて、たくさんのお友達ができて・・・幸せです。
マリンのニコニコ笑顔を素敵な縁を結んでくれたのですよね、きっと。





☆ 7月12日にいただいたコメントに・・・

モモ母さん、hamaさん

モモ母さん、お母様もマリンの写真を見てくださったのですね。
ありがとうございます! 
そうやって笑顔を見てくださる方が1人増えるとひとつ幸せが増えるような気がします。
こーりんさんの時計、今も正確に時を刻んでくれています。マリンの心臓が動くように時計の針が動いているよ。

hamaさん、マリンを通じてたくさんのご縁に恵まれました。
大人になってからの出会いにはいろんな雑念が混じるものだけれど、マリンの場合は何にもないから・・・その分優しさがあるように思います。
こーりんさんの時計、時々じっと秒針を見ています。
マリンと私・・・泣いていても笑っていても一緒に時を刻んでいます。





☆ 7月17日にいただいたコメントに・・・

つまさん

つまさん、モモ母さんのマリンの絵、マリンの特徴がよく出ていて素敵でしょ。笑顔そのまま! 
写真はたくさん持っていますが、絵心のない私に絵は無理で、なので以前にピッピの母さまが描いてくださったマリンの絵とモモ母さんのこの絵と、今もマリンの遺骨のそばに飾ってあります。





☆ 7月19日にいただいたコメントに・・・

モモ母さん

モモ母さん、そうでしたね。以前にもマリンの絵を描いてくださいましたよね。
今回絵を描くためにたくさんのマリンの笑顔を振り返ってくださったのですね。
そのお気持がまず宝物!そして絵も宝物!
ありがとうございました。





☆ 7月21日にいただいたコメントに・・・

BOSS母さん、いろママさん

BOSS母さん、かわいそうっておっしゃった方は単に亡くなったことをかわいそうにっておっしゃっただけだとわかってはいるのです。
でもね、なんか連呼されると辛くて・・・。胸に釘を打ちつけられているような気分になってしまって・・・だめですね、私。

いろママさん、いろはちゃんの優しいお顔、なんだかマリンと共通するような感じがして時々日記を拝見していました。
いろはちゃんにはマリンを超えてう〜んとう〜んと長生きしてもらってくださいね。





☆ 7月24日にいただいたコメントに・・・

つまさん

つまさん、つまさんも一緒? 
私も無理難題を時々マリンに言ってしまいます。子供が駄々をこねてるみたいに・・・
マリンの洋服もカラーもリードも全部まだ何もせず、そのままになっています。
お散歩バッグもそのまま・・・いつか片づけないとって思ってはいるのですけど、なかなか身体が動きません。
ゆっくりでいいよね。





☆ 7月26日にいただいたコメントに・・・

らむここさん

らむここさん、同じですね。
私も今なおマリンの遺骨と写真の前で過ごす時間が多いです。
朝でしょ、お昼御飯の後でしょ、晩御飯の後でしょ。
お線香も絶やさず、お花も絶やさず・・・も同じです。
マリンのそばで過ごす時間は今の私にとっては1番大切な時間。
そうやってマリンと生きた時間をゆっくりゆっくり丁寧に見つめなおすことでいつかまっすぐ前を見て歩きだせるかもって思ったりもしています。
悲しみから逃げなかったら、悲しみの中で何かを見つけることができるかもって思っています。
お空の向こうのお友達とマリンは仲良くできているかな。今度聞いてみるね。





☆ 7月28日にいただいたコメントに・・・

Nekoさん、 モモ母さん

Nekoさん、家族記念日に際しては突然無理なお願いをしたのに快く引き受けてくださって本当にありがとうございました。 
そうなの。マリンのお誕生日は正確ではないし、家族記念日は私とマリンがつながった日ですから、何より大切な1日なんです。
らんちん、二桁になったのですね。まだまだ今は元気だと思いますが、これから先は些細な変化を流さずに注意してあげてう〜んと長生きしてもらってくださいね。

モモ母さん、ありがとう。家族記念日、今年もお祝いできました。モモちゃん、11歳なのですね。まだまだ元気だと思いますが、大事大事にしてあげて成人式を迎えてくださいね。
ミニバラは今も3輪咲いています。カランコエも一度は全部お花が終わってしまったのだけれど、最近になってたくさんお花を咲かせてくれるようになりました。アジサイは来年がお楽しみ!ですね。大切に育てます。





☆ 7月31日にいただいたコメントに・・・

ベリエさん

ベリエさん、書き込みをありがとう。
コメントし辛い内容ばっかりだものね。ごめんなさい。
マリンは永遠のアイドル犬!? ありがとう。





☆ 8月5日にいただいたコメントに・・・

つまさん

つまさん、ありがとうございます。
私にとってもかけがえのない日々でした。
15年間にマリンからもらった幸せを語ろうとするとどれだけの時間を使っても足りないくらい。
マリンが描いてくれた輪はまんまるでその中で私たち人はマリンの笑顔に守られていたんだなぁって思います。


☆ 8月10日にいただいたコメントに・・・

Yokoさん、ハッチさん

Yokoさん、樹氷すごくきれいでしょう。 大自然の中でのマリンはいつも目がきらきら輝いていて生き生きしていて、見ているだけで幸せになれました。
そうそう、あのキャンプ! 
楽しかったね。私のキャンプ経験はあれが最初で最後、マリンもそう。
マリンがつないでくれた縁でキャンプを体験できました。やっぱりマリンはすごいな。

ハッチさん、書き込みありがとうございます。
5年間も私たちを見守ってくださっていたのですね。ありがとう!楽しい思い出は一生分あります。
マリンと私の足跡はすごーくすごーく長くて笑顔のせいで右へ左へ!誰にも負けないくらい!かな。


☆ 8月11日にいただいたコメントに・・・

piekoさん

piekoさん、今年の夏も川遊びに行くつもりでした。
川で遊べなくても川面を走る風を感じながらお弁当を食べるだけでもいいかなって思っていました。
でも叶いませんでした。
10歳を超えても、12歳を超えても、14歳になっても、マリンはほんとに元気で、まさかこんなに早く逝ってしまうなんて思ってもみませんでした。
どこにもお出かけできなくなっても全然構わなくって、一緒にいるだけで幸せと思っていたのに、マリンはそれじゃ嫌だったのかな。
元気なまま、私の手をまったく煩わせないまま逝ってしまって、寂しいです。
もっともっとわがまま言ってほしかったです。


☆ 8月18日にいただいたコメントに・・・

Nekoさん

Nekoさん、マリン楽しそうでしょう。
いっつもマリンは笑ってて、おやつの催促で怒ってるような時でもすぐに笑顔になって、ほんとに良い子でした。
姪っ子たちが来てもかわいがってくれて、いっつも人に囲まれて、マリンは幸せなワンだったと思います。
写真立てには幸せ写真を飾ってくださいね。思い出の一こまを飾っていただければ嬉しいです。


☆ 8月19日にいただいたコメントに・・・

Pippiママさん

Pippiママさん、マリンのご挨拶、上手にできていたでしょうか。
Pippiちゃんも見てくださったのですね。ありがとう。
写真立てには幸せの一こまを入れてくださったら嬉しいです。


☆ 8月20日にいただいたコメントに・・・

はなさん

はなさん、悲しい思いを共有してくださってありがとう。共有させてしまってごめんなさい。
はな子ちゃんにはできるだけ苦痛なく長生きしてもらってくださいね。
ずっとずっと後ろをついていくつもりだったのにできなくて残念ですけど、はな子ちゃんのこと応援しています。
姿は見えなくなってしまったけれど、私とマリンはずっと一緒!です。
約束しましたから。
マリンはちゃんと約束を守ってくれていると信じています。
私は大丈夫です。
食事はきちんと取っています。幸か不幸か老人を抱えていますから食事の手抜きはできないのよ。
やっぱり泣いてしまう夜は多いけれど、それでもそうやってマリンの生と死を見つめることは大事と思うので、ゆっくりゆっくり・・・どれくらい時間がかかるかはわからないけれど笑顔でマリンのことを話せるようになるように頑張りますね。





たくさんたくさん、優しいお声をかけていただいてありがとうございました。

(漏れがないかどうかチェックしたつもりですが、万一お返事できていないものがありましたら、どうぞお許しください)

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▼2011年 8月16日 (火)   -- 投稿日:2011/08/16(Tue) 15:46   ... No.[9]

四十九日を終えて


8月15日午後、ドアホンが鳴った。
ドアホンの聞こえにくいところでぼんやりしていて最初は「錯覚かな?」って思ったんだけど、そうじゃなくってもう1度鳴った。

なんとhamaさんが来てくださったのです。

マリンにお花を届けてくださった。

そのあと予定があるとかでゆっくりしていただけなかったのだけれど、マリンにお花を届けようとせっかくのお盆休みに我が家を探して訪ねてくださった。

思ってもみないことでびっくりしてしまってろくにお話もできないままお別れしてしまって、後になって心残りがいーっぱい。

hamaさん、ありがとうございます。
暑い中、本当にありがとう。

今度お近くに来られることがあったら、お近くに来られることがなくても我が家に来てくださるのでしたら、ぜひぜひゆっくりしていってください。







夕方、またドアホンが鳴った。
宅急便のお兄さんがお花を届けてくださった。
宅急便のお兄さんもたぶんびっくりされているだろうな。
ここのところワングッズのお届けものがなくなって、その代わりにお花のお届けばっかりになっている。

届いたのはTOMO姉さんとぴよちゃんからのお花。

マリンが亡くなった時にも大きなお花を贈ってくださった。
それだけでも十分なのに、「四十九日だから」とまたお花を手配してくださった。

TOMO姉、ぴよちゃん、ありがとう。
いつか東京に行くことがあったら連絡します。
おいしいものをごちそうさせてね。







両親も妹もびっくりしています。

「マリン、すごいなぁ」って。

マリンのことを覚えてくださっている。
気にかけてくださっている。
亡くなって四十九日が過ぎた今でも心にマリンを留めてくださっている人がいる。

もうね・・・感謝の気持ちを表す言葉が見つけられません。

ただただ・・・あ・り・が・と・う



毎朝、朝ごはんの後マリンの周りのお花の手入れをしています。
お水を入れ替えて、暑いから氷も少し入れてあげて、痛んだお花を取り除いて、2〜3日に1度は生けなおして・・・

そのあと、お線香の香の中、お花に囲まれたマリンを見つめしばらくぼんやり過ごしています。

その時間が一番の安らぎの時間。





その時間・・・何にも考えていないような気もするけれど、たぶん何かいろいろ思ってる。




☆☆☆ ☆☆☆




ねぇ、マリン。

本当だったら今頃は姪っ子あややじゅんがお泊りに来ていて、賑やかに夏休みを過ごすはずだった。

タッタカトットコ階段を上がり、なかなか起きてこないファミリーを起こすのはマリンのお仕事だったよね。








2階と1階を行ったり来たり、マリン目覚ましは大忙しになるんだよね。





暑いのにみんなの周りに割り込んでご機嫌で過ごしていたマリン。





この前じゅんが言ってたよ。

「おばぁちゃん家に来る楽しみのひとつにマリンと遊ぶことがあったのに、もうできへんのがさびしい」って。











この夏はマリンがいないからお泊りの計画すら出なかったよ。




☆☆☆ ☆☆☆




毎日暑い。

去年よりはマシらしいけれど、それでも暑い。

おかぁさんは仕事を辞めたのだし、いつだって川遊びに連れていってあげられたのに

じゃぶじゃぶしなくても川面を流れる風を感じながらのんびり過ごすだけでも夏らしくって素敵だと思っていたのに





この2〜3年、毎年「今年の夏もマリンは川遊びを楽しんでくれるかな?」って心配だった。

とうとう、マリンは川遊びしてくれなくなっちゃったね。





あんなに好きだったのにね。






マリン・・・お庭遊びだってそうだよ。





去年の夏までマリンはセミとりをしていたし、トカゲさんも追いかけてた。

毎年夏になるとそうやって遊んでた。











お庭にトカゲ、いーーーっぱいいるよ。

トカゲハンターマリンがいないから、すっごく大きく育っているよ。

マリンがトカゲを毎年たくさん捕まえるから、お庭からどんどんトカゲが減ってきていたのに、去年あたりから追いかけても捕まえられなくなってきて、そしたら今年はすごく増えて、しかも大きなトカゲもいっぱいで・・・

マリンが見たらワクワクで、じっとしていられないだろうなって思いながらおかぁさんはトカゲさんを見ているよ。














ねぇ、マリン。

食いしん坊のマリンがいないから、ティータイムの習慣もだんだんに薄れてきてる。

ワンワン!「お茶にしましょうよぉ!」って言ってくれないから、お茶の準備をする気がしないの。





おいしいもの、たくさんあげるからワンワン!って声をかけて。




☆☆☆ ☆☆☆




マリンが亡くなって五十日目の朝を迎える前の夜。

ベッドに横になったとたん急に不安になった。

明日の朝、マリンは私のそばから巣立ってしまうのかな。

極楽浄土に行ってしまうのかな。

なんかそんな気がして怖くて不安でたまらなくなった。

「マリンはずっと私のそばにいてくれる」

絶対的な自信がぐらぐら揺れて怖くてたまらなくなった。

マリンの遺骨を抱き締めて「マリン、いったらあかんよ。絶対に私のそばにいてくれなアカンよ。どこにも行ったらアカン。」

涙があふれ、どんなに歯を食いしばっても泣き声を止められなくなった。

どこにも行ってはいけない
私のそばにいて

そう言いながらも「もしかしてそんなことを言ったら、そんなことを願ったら、マリンが安らかにいられないのではないか?マリンが苦しんだり辛くなるのではないか?」という思いもわき出てきて、最後はどうすればよいのか、どう願えばいいのかわからなくなった。



マリン・・・





今も私のそばにいるよね。
私のそばにいてくれても、マリンは辛くないよね。
笑ってくれているよね。

「ずぅっと一緒」が幸せだよね。





約束したもん。

ずぅっと一緒って約束したもんね。

私が迎えに行くまで、ごめんだけれど、待っててね。

もしかたら私のお願いはマリンのためには良くないことかもしれないけれど、ごめんね。

私のそばにいてほしい。

私のそばで今まで通りに過ごしていてほしい。

マリン、大丈夫だよね?

今、辛くない? 苦しい思いしてない?

それが1番心配です。













■Nekoどのお写真を見ても楽しそうなマリンちゃんの笑顔がはじけてますね。
マリンちゃんは本当に幸せだったね。
そしてMARIN−MAMAさんにもご家族のみなさんにも、姪っ子さんたちにもみんなに幸せを振りまいてたんだね。
私もMARIN−MAMAさんのお写真を拝見して
幸せをおすそ分けしてもらってたよ。
マリンちゃん、きっとMARIN−MAMAさんのそばでニコニコしてるよね。
私もずーっと忘れないからね。
すてきな写真立てをありがとう。大切にします。
..2011/08/18(Thu) 23:15 (10)

■Pippiママ四九日をむかえられたんですね。
どのお写真を拝見しても愛に溢れてマリンちゃんの笑顔が本当に幸せそうです。
いつまでもその笑顔忘れませんよ。
まだまだ暑い日が続きますがどうぞお体ご自愛くださいね。
素敵な写真立てありがとうございました。
マリンちゃんのお写真、、Pippiにも見せましたよ。
お友達でいてくれてありがとう。。
我が家のわんたちの写真を入れて大切に大切にしますね。
..2011/08/19(Fri) 10:59 (11)

■はなMARIN-MAMAさん、すっかりご無沙汰してしまいました。
毎日、MARIN-MAMAさんとマリンちゃんのことを思わない日はないのですが、どうしてもここにコメントを書けずにいました。
マリンちゃんんのお写真を見せて貰ってMARIN-MAMAさんの思いのこもった文面を読み進む内に悲しくなってしまってどうにもならなくなっていました。

マリンちゃんの方がずっと若いのにこんな事になってしまって、今でも信じたくないのですよ。
はな子は体の右後を傾けてよじれる様になりながらヨロヨロ外に出て用を足して、ちょっとだけ歩いている状態です。
それでも生きているのだから良いと思いますが、いつも目の前に最後の時がいつ来るのか?そんな不安と恐怖を突きつけられている状態です。
極力考えないようしているのですが、ヤッパリ少しずつ弱っていくはな子を見ると考えてしまう今日この頃です。
はな子が生きている今でさえ、元気だった頃に長い散歩を歩いた道にさし掛かると、「あぁ。。。あの頃は」って切なく思うくらいですから、
MARIN-MAMAさんが見るもの全て何処に居ても何をしてもマリンちゃんを思い出されて様々な思いでいらっしゃるであろうことを考えると、胸が1杯になります。
ただ、そうしてマリンちゃんのことを思っていらっしゃる時、楽しく嬉しく過ごした日の事を思う時には必ずマリンちゃんは絶対にMARIN-MAMAさんの側に居るにちがいありませんよ。
これからもずっとずっとMARIN-MAMAさんが忘れない限り側で笑顔で寄り添ってくれているはずです。

父を亡くして8ヶ月近くになるのですが、今も家のそこやここに、そして、、私たち家族の気持ちの側に居てくれてる気がしています。
姿は無くとも、居ると感じることが出来れば居るのですよ。私にはそう思えます。そう信じています。

どうか、食事だけはきちんと摂って身体を労わって日々をお過ごしくださいね。
泣いてばかりいるとマリンちゃんが心配しますよ。
だって、いつもMARIN-MAMAさんの側で見ているんですものね。
くれぐれも無理をしないでね時間が少しずつ助けてくれるはずだから・・・お元気になられる日が来るまで気長に待っていますから。
マリンちゃんのことも、MARIN-MAMAさんのこともずっと忘れないよ〜。ずっとお友達だものね。
..2011/08/20(Sat) 14:30 (12)

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▼2011年 8月14日 (日)   -- 投稿日:2011/08/14(Sun) 15:56   ... No.[8]

七七日 (四九日)


8月11日木曜日

妹が「マリンちゃんの四九日に来られるかどうかわからないから」と姪っ子あやと一緒にお花を持ってきてくれた。








守男さんがお菓子を、ご近所のNさんが丹精込めて育てられたぶどうを「マリンちゃんにお供えして」って持ってきてくださった。





8月13日、piekoさんがマリンにお花を贈ってくださった。





ぴよちゃんがマリンのためにお香とお札をいただいてきて下さって送ってくださった。
亡くなった時には立派なお花も贈っていただいて十分優しさをいただいているのに、またマリンを思って贈ってくださった。






朝、お墓参り用のお花を買い求めるたくさんの人に混じって、マリンのためにピンク色のお花を買ってきてマリンの隣に飾った。





マリン 七七日。四十九日。
忌明け。





やわらかなお耳に、しっとりつやつやのお鼻に、ふわふわぬくぬくの身体に触れなくなって49日
ワンワン! マリンの元気な声が聞こえなくなって49日
ねぇねぇ!ってお手手でちょんちょんしてもらえなくなって49日

冷たくなったマリンの前で「マリン、どこに行ったん?さっきまでここにおったのに、どこに行ったんやろ。消えちゃうなんてあるはずないよね。どこにいるん?」
ずっとそればっかり考えてた時から・・・


陽が昇り陽が沈む。風が走る。
私の周りでは時が静かに流れているけれど、その流れに任せて過ごしているけれど
何の前触れもなく、ふとした瞬間に心はあの時に戻っていきます。

あの日、あの時、なすすべもなく呆然としていた。
何かできることはなかったのかな。
絶対に守りたかった命なのに、本当に何もできなかったのかな。

あの日、あの朝もいつもの朝と同じようにマリンと視線を交わした。
あの時、マリンは何を言っていたんだろう。

最後に交わした視線
いつもと同じように目と目を合わせ「お待たせ! 朝ごはんにしようね。」って言ったんだけど、マリンはワンワンって答えたんだけど。
あの瞳からその数分後光が消えてしまうなんて想像もしなかった。

あの朝、マリンは私に何か伝えたいことがあったのかな。

マリンが倒れたあの瞬間の光景も、最後に目と目を合わせた時のことも忘れられなくて、気が付いたらその時のことを考えています。



☆☆☆ ☆☆☆


マリンへ






もうポコには会えたよね。
ちゃんと迎えに来てくれたでしょう。





ポコもね、極楽浄土には行かずにずっとナオおばちゃんのそばで過ごしているらしいよ。

「ポコはどこにも行ったらあかん。ずっと私のそばにいて。」ってナオおばちゃんが言ったから、その言いつけを守ってずっとナオおばちゃんのそばにいるらしいよ。

最近になって「マリンちゃんに会いにおうちに遊びに行ってもいいよ。一緒に遊んで待ってて。」って言われたらしいから、マリンもポコのおうちに遊びに行っていいよ。

もうポコもマリンも自由にどこにでも行けるのだから、かつて一緒に遊んだくろんど園地や緑の文化園や・・・にふたりで遊びに行ってもいいし、ポコは嫌がるかもしれないけれど暑いしね、一緒に行った高見川に川遊びに行くのもいいかもね。マリンはそれ以外にもいっぱいいろんなところに遊びに行ったから、その中で楽しかったところにポコちゃんを連れて行ってあげるのもいいかもよ。

でも私が呼んだら大急ぎで帰ってきてね。
夜はマリンがいてくれないとさびしいからお泊りは禁止。
どこに遊びに行ってもいいけど、夜にはおうちに帰ってきてね。

ナオおばちゃんか私か・・・どちらが先に迎えに行けるのかわからないけれど、その日まで楽しく過ごして待っててね。
ポコと仲良くね。ポコは優しいからマリンがわがままを言ってもなんでも許してくれそうだけれど、あんまり困らせないようにね。





マリン・・・








できるだけ泣かないようにしてるけど、夜は上手に眠れなくって涙がこぼれてしまう。
マリンも知ってると思うけれど、えんえん泣いちゃってる。
ごめんね。
眠れたと思ってもしばらくしたら目が覚めちゃってそしたらいろいろ頭の中に浮かんできて涙が出てきてしまうのよ。
でも大丈夫だから、心配しないで。

じぃちゃんがますます大変なことになってきてる。
ばぁちゃんもナオおばちゃんも私もみんな困ってる。
でももうマリンは心配しなくていいよ。
どうにもならないことだから、マリンは心配しないで私のそばで笑顔を見せていて。

マリンが笑顔で毎日を幸せに過ごしてくれること
そのために頑張って生きてるのだから、だめな部分、できていないことも多いけれどマリンは気にしないで笑顔でいてね。


マリン・・・














マリン、大好き。

マリンに出会えて、家族になれて、本当に良かった。



☆☆☆ ☆☆☆


マリンの四十九日、「来られないかも」って言っていた妹が旦那と姪っ子あやと3人できてくれた。
あやがバイトに出かけた後、今度はじゅんが学校からウチに帰ってきてくれた。

妹の旦那は前夜遅く日付が変わるころ単身赴任先から帰ってきたばかりで疲れているだろうに、一緒に来てくれた。
妹もあやも週に2度もマリンのところに来てくれて、じゅんも夜まで予備校で勉強して疲れているだろうに、元気な顔を見せてくれて・・・

おかげで賑やかにマリンの四十九日を過ごせました。

マリンのそばにみんなが集まってあれやこれや・・・

マリン、うれしかったね。

良かったね。


マリン・・・

当たり前のことだけれど、たぶんこれからマリンのことはみんなの記憶から薄れていってしまうと思う。

私はできるだけ早く笑顔でマリンのことを話せるようになって、みんなの記憶からマリンのことが薄れていってしまわぬよう、いっぱいいっぱい、マリンのことを話したいなって思ってる。











「マリンはいつまでもいつだってもみんなの輪の中で笑ってる」

そんな風にしたいと思ってるよ。



☆☆☆ ☆☆☆



今日14日、風花ママさんがマリンにお花を贈ってくださった。





風花ママさんはマリンが亡くなった時も仕事を終えた疲れた身体でお花を持ってかけつけてくださった。
そして又・・・


piekoさん、ぴよちゃん、風花ママさん、本当にありがとうございます。

マリンはほんとに幸せ者ですね。

こんなにたくさんの方に心配してもらって、大切にしてもらって、ほんとにほんとに幸せ者ですね。

心よりお礼申し上げます。

ありがとう。



☆☆☆ ☆☆☆



マリンが今どこにいようと、どこで暮らしていようと
マリンが私にとって相棒であり1人娘であることに変わりはありません。

15年かけてお互いを見つめあい紡ぎ続けてきた糸が切れることはありません。
たくさん語り合って来たマリンの心と私の心。
時が流れれば流れるほど、「通いあっていた」という思いが強くなってきています。
生死がそれらを断ち切ってしまうなんて思えません。
これだけ気持ちを通い合わせてつながった魂と魂が離れることはない。
そう思っています。





マリンとの絆・・・
どう書けばいいのか、何度も書き直していますがうまく書けません。
マリンとの絆は・・・言葉にはできない。
表現できるものではないなぁって思います。
心の中にはいっぱいいろんな思いがあっていろんな記憶があって
充実感とも言えるような至福感もあるのですけど
言葉にはできません。



忌明けを迎えましたが
私自身は特に変わらずの時間を送っています。
帯状疱疹はなかなか完治と行かずまだ通院中ですが
病気というわけでもなく、普通にしています。
生活の中では父がやっかいな状態になっており
ため息と苛立ちと・・・これは本当に困った問題になっています。
お手上げに近いです。



☆☆☆ ☆☆☆



お友達のみなさんへ

今までたくさんコメントいただいているのに
まったくお返事せず申し訳ありません。
もう少し心が落ち着くまでお時間をいただければ、と思っています。
本当にごめんなさい。



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▼2011年 8月 9日 (火)   -- 投稿日:2011/08/09(Tue) 16:17   ... No.[4]



マリン、今日も暑いよ。

3時頃、勝手口の温度計を見たら35.7度だって!
マリンがいたら「エアコン、入れてくれないと倒れちゃいますぅ」って言うかもね。




そうそう、マリン。

宿題の答え!

「ばぁちゃんの忘れられないおでかけ先」

どこだかわかった?

答えはね・・・

ココ!





当たってたかな?

奈良県台高山脈・明神平!





暑い日にはちょっと涼しくなれそうな写真でしょう。





ばぁちゃんはここの風景が目に焼き付いているって何度も何度も言ってるよ。

一生懸命山登りしてたどり着いた先で見た樹氷の景色!

綺麗だったよね。














ばぁちゃんは「マリン、よう連れて行ってくれたわぁ。こんなところどこの旅行会社に行ってもツアーなんかないし、あっても自分のペースで歩かんと最後まで持てへんやろうし、マリンが連れて行ってくれへんかったら行かれへんかった。」って何度も何度も言ってるよ。

「ほんと綺麗やった。あんな風景は生まれて初めて見た。」って。


マリンはココ明神平には2006年4月に山登り友達のAさんと一緒に登ったんだよね。
あの時はこの先の薊岳まで登ったんだよね。
4月だったのに、明神平まで来たら雪が積もっててマリンも私も「雪だぁ!」って大はしゃぎしたね。

いつかばぁちゃんを連れてきてあげたいねぇって話をしていて、それがやっと実現したんだよね。


マリンは「ここ、知ってますぅ。マリンが案内してあげます。」って最初からイイ調子で、何度も沢渡りしないといけないコースなのに元気いっぱいに案内係を務めたんだよね。

















登りにつれて樹氷がどんどん立派になっていって、感動の嵐だったよね。











マリンは大はしゃぎだったよね。

このあたり、クマさんもいるけどシカさんが多いからアヤシイニオイがいっぱいなんだよね。

















マリン、ほんとにいいお顔。





楽しかったね。





マリンのおかげで知った山登りの楽しさ、素晴らしさ。

風景、空気、・・・

マリン、感動をありがとうね。


この年もあちこちいーっぱいおでかけしたよね。

菜の花を観に行ったり





梅の花も観に行ったよね。

お花見にも行った。





毎年恒例のタケノコ堀りにも一緒に行ったよね。





5月には飛騨高山旅行に、9月には信州蓼科旅行に行ったね。








秋にはコスモスやそばの花を観に行った。





良い1年だったよね。








どの写真もついこの前のことのよう。

マリンのおかげでほんと楽しい1年だった。




ところでマリン。

マリンにいただいたミニバラ。

最初に咲いた1輪はもう駄目になってしまったけど、またお花が咲いたよ。今度は2輪。蕾もあるよ。

また写真を撮っておくね。





■Yoko樹氷、すごい綺麗!
大自然の中をニコニコと駆け回る(というより飛び回る)マリンちゃん、ほんとうにほんとうに幸せそうです。
ニーナとキャンプに行った時のことを思い出します。ひたすら前に突進するニーナに比べ、さすがマリンちゃんはお山に慣れててあちこち探検が上手でしたよね。
..2011/08/10(Wed) 12:01 (5)

■ハッチ5年間ほど、マリンちゃんとマリン一家の楽しい時間を共有させていただきました。
楽しい思い出があれば強く生きられるはず。
マリンママさん頑張って!
..2011/08/10(Wed) 14:01 (6)

■piekoご無沙汰しておりました。
久しぶりに余裕ができたので覗きにきました。
今年の夏、マリンちゃんたちはどこにお出かけかな?って・・・。
でもマリンちゃんがいなくなったなんて・・・ビックリしてしまいました。
6月27日だったんですね・・・
全然知らなくって・・・ごめんなさい。

元気印のマリンちゃんでしたよね。
健脚で山登りも得意だったよね。
マリンちゃんは絶対長生きで20歳も夢じゃないって思ってたんですよ。
残念です・・・。

マリンちゃんはとっても幸せなわんこ人生でしたね。あの素敵な笑顔がそう物語ってます。
今もきっとあの笑顔で天国からマリンママさんたちを見守ってくれていると思います。
マリンママさん、どうぞお身体ご自愛ください。
..2011/08/11(Thu) 15:52 (7)

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▼2011年 8月 7日 (日)   -- 投稿日:2011/08/07(Sun) 17:54   ... No.[3]

六七日


マリン 六七日。






木曜日、ちょうど日記を書いていた時ドアホンが鳴った。

ご近所のニューファンのダンボくんのお父さんとお母さんがマリンにお花を持って会いにきてくださった。





その前日ばぁちゃんがマリンのことを聞かれ亡くなったことを話したそうな。

ダンボくんには2匹のお兄ちゃんがいた。
ミニチュアダックスのレオくんともう1匹(私は会ったことがないのでお名前を知らないの)。

その1匹の子が去年の11月に心筋梗塞で亡くなったのだそう。

朝はとても元気に走り回っていたのに、たった1時間留守にした間に亡くなってしまったそうです。
10歳。

いつもは「ただいま!」って帰ったら走って出迎えてくれる子が出迎えてくれないのでおかしいなと思ったらおうちの中で倒れていてもう呼吸はしていなかった、と。
まだ温かだったって。

ダンボくんのお母さんは毎日毎日泣いてばかりで、最近になってようやく落ち着いてきて泣かない日が多くなってこられたそうで、「どれだけ辛いか気持ちがよくわかるのでじっとしていられなかった」って来てくださったのです。

「うちはまだダンボとレオがいるけどそれでも駄目やった。今どれだけ辛い思いをしてはるかって思ったら・・・」って一緒に泣いてくださった。

ダンボくんのお宅は自営業でご夫婦ともに仕事を終えたその足で晩御飯も食べずに来てくださいました。夜遅くまでお話してしまって申し訳なかったです。

綺麗なお花をありがとうございました。





「うちは仕事柄いろんなお宅にお邪魔していろんな犬を見てるから、顔を見たら大事にしてもらっているかどうかわかるねん。マリンはほんまに幸せやった。イイ顔してるもん。どれだけ幸せやったか顔がすべてを物語ってるで。」

そう言ってくださった。


私もマリンは幸せだったと思う。

私はマリンを幸せにしてあげたくて楽しい毎日を送らせてあげたくてがんばってきたけれど、そのせいだけじゃなく、マリン自身が毎日毎日を楽しく過ごそうと持ち前の明るさで前向きに過ごしてきたことも大きな要因で、マリンはとても幸せな生涯を送ったと思う。

マリンはいつも「楽しいこと」を見つけて私に教えてくれていたもんね。


ただ・・・その幸せな時間はもう少し長く続くはずだった・・・


亡くなり方も間違っていなかったと思う。
辛いのはほんの一瞬。それで旅立てたのだから間違ってはいなかったと思う。


ただ・・・その瞬間はもっと先で迎えるはずだった・・・


一生懸命全力で毎日を過ごしてきたマリンなんだから、これからの時間はまったりゆっくりのんびり・・・1日ごろごろして過ごしたり、楽しい夢を見て過ごしたり、たまには遊んでみたり・・・そんな時間を1年でも2年でも過ごした後で最後の瞬間を迎えることができていたら・・・

マリンはもっともっと幸せなワンだったはず。

マリンはそんな幸せなワンになるはずだったのに。


ねぇ、マリン。

それが私の願いだったんだよ。

私はマリンにそんな生涯を送らせてあげたかったんだよ。

なのに・・・送らせてあげられなくて・・・

マリン、ごめんね。

本当にごめん。

マリンを助けられなかったこと、マリンにそんな生涯を送らせてあげられなかったこと・・・私は一生忘れないように生きていかないとね。



☆☆☆ ☆☆☆



マリン、昨日今日と2007年の写真を見ていたの。
マリン10歳〜11歳の写真。

マリン、やっぱり楽しそうだぁ。
とっても元気。

見ていると、マリンが今もこんな風に過ごしているような気がしたよ。

どの写真も昔の写真だなんて思えなかった。


マリン・・・きっと今もこんな風に過ごしているんだよね。


















































2007年もあちこちいーっぱい一緒におでかけしたよね。

そんな中にばぁちゃんには忘れられないとても楽しかったおでかけがあるらしい。

マリン、どこだと思う?

宿題にしておくから考えておいてね。

答えは今度の日記の更新の時に教えてあげるね。


☆☆☆ ☆☆☆


2007年・・・4年前。
こんなに元気だったのに。
去年だって元気だったのに。

写真を見ていたら現実を忘れそうになるけれど、見終わるといつも同じことを思います。

なんでこんなことになっちゃったんだろ?

なんでマリンは死んじゃったんだろ?


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▼2011年 8月 4日 (木)   -- 投稿日:2011/08/04(Thu) 21:59   ... No.[1]



暑い1日でした。

でも朝の6時頃は風があって涼しかったのでマリンも一緒にお庭をうろうろ。

ここのところマリンはおうちの中ばっかりだものね。
お庭散策したらセミとりのこととか思いだすかもしれないよね。
そしたら「やってみるぅ!」って戻ってきてくれるかもしれないものね。


ねぇ、マリン。

土曜日マリンの三五日に活けたお花、蕾ばっかりだったけれど満開になってきたね。

ユリの花、綺麗だよね。

思いだすね。兵庫県でもたくさんユリをみたけれど、富士見高原のユリは広大な斜面や白樺林の中にものすごくたくさんの色とりどりのユリが咲いててすごく綺麗だったよね。

あのユリにはとてもかなわないけれど、お部屋の中だしこれでも十分綺麗だよね。





こっちはね、いただいたお花の中のトルコキキョウは痛んでしまったのだけれど菊はまだ綺麗に咲いていたので、お庭のお花を摘んできて一緒に活けてみたよ。

アマクリナムにユリにキキョウにゼラニウム・・・

マリンにとっては見慣れたお花だと思うけれど、お庭でぽつりぽつりと咲いているのとは違ってこうやってみると華やかでしょ。





週末はマリンの六七日。

またお花を買ってくるね。



☆☆☆ ☆☆☆



雪遊びの写真を見ていたばぁちゃんが言いました。

「ねぇ、もうこんな雪がいっぱいの所には連れて行ってくれへんよね。」

うん、と即答。

「だってな。想像してみ。 ばぁさんふたりで雪の中で足が抜けないとか長靴が脱げたとかコケたとか言うてキャアキャア大騒ぎしてたらヘンやで。」

しばし沈黙で思案顔のばぁちゃん。

「そうやな。確かに変やな。」

「やろ。あういうことはマリンが一緒やったからできたんやで。」

「ほんまやなぁ。マリンが一緒やったら犬を遊ばせてあげてるんやなって思われるからばぁさんが雪に埋もれて大騒ぎしててもおかしないもんな。」

ばぁちゃんが言います。

「考えてみたらマリンのおかげであちこちいろんなとこに遊びに行けたんやなぁ。
今まで知らんかったようなとこ、普通では経験できへんかったようなこと、見られへんような風景、いっぱいろいろあったなぁ。
私は身体が埋まってしまうような雪は70も過ぎてから初めて経験させてもろたし。
マリンがおらんかったら、家族旅行なんかにも行けへんかったやろうし。
全部マリンのおかげやね。」

そうそう、そう。

マリンのおかげで楽しいことがいっぱいの時間だった。

マリンは自然の中で遊びを見つけるのがすごーく上手だったしね。
いろんな発見をさせてもらった。


思い出がいっぱい過ぎて・・・それがまた今は切なかったりする。



☆☆☆ ☆☆☆



ねぇ、マリン。

ばぁちゃんと話していて今までのこといろいろ思いだしてたの。

写真も見てみた。

マリンも若いけど、じぃちゃんもばぁちゃんも私も若い!

みんなみんな(今より)ずっと若かったね!

でもね・・・昔の写真ってなぜかピンボケが多いのよ。
カメラのせいかな。
それとも私の腕のせい?



* 2003年 *




* 2004年 *




* 2005年 *




* 2006年 *





マリン、懐かしいでしょう?

私も全部全部しっかり覚えてるよ。



古い写真を見ていたら・・・

マリン、ほんとお転婆だったよなぁってちょっと笑ってしまったよ。





マリンも見たいって?

うんうん、一緒に見ようね。


これなんてどぉ?

木のぼりしてるよ。


マリン 10歳


これはマリン山で小川を飛び越えたんだったよね。
このことはすごーく良く覚えてるよ。


マリン 8歳


これは生駒山!
雉さんでもいたのかなぁ。
マリンったら右へ左へ、リードを目いっぱい使って走り回っていたよね。
で、最後は斜面を駆け登ってしまったんだよね。
生駒山で首輪すっぽ抜け事件があったのもこのころだったのかなぁ。
とにかくお山では走り回って大はしゃぎだったよね。






マリン 9歳


これは交野山へ行った時。
梯子だってみんなが登るところはマリンも登れるはずってがんばったんだよね。
ほんとに登れちゃったもんね。
びっくりしたよ。


マリン 10歳


お庭でだって走り回っていたよね。


マリン 9歳


これなんてすごいよ!
じぃちゃんの花菖蒲池(草ぼうぼうだね)にこんな急なところから駆け降りちゃって・・・


マリン 9歳


ボール遊びも時々してたよね。




マリン 9歳


なんて元気なんだろ!
もうシニアって言われてもおかしくないお年頃なのに、全然だよね。


マリン 9歳


雪のお山でも弾けてたよね。
マリンは雪の下のアヤシイニオイにも敏感だったよなぁ。


マリン 9歳


マリン 10歳

9歳のマリンも10歳のマリンも同じことをして遊んでる。。。



マリン、11歳からの時間はまた今度ゆっくり一緒に振り返ってみようね。


マリン、いろいろ思いだした?

楽しかったね。

ほんと幸せな時間だった。

振り返ると毎日毎日全力で生きていたことがよくわかる。
マリンも私も。

毎日毎日お互いをしっかり見つめて向き合って一生懸命その時間を過ごしてきたことがよくわかる。


ねぇ、マリン。

もう十分休憩したよね。

いろいろ思いだしてもう1度こんな時間を過ごしたくなってきたんじゃない?

そろそろ戻ってきてくれないかな。

また一緒に遊ぼうよ。
一緒に寝て一緒に起きて・・・特別なことは何も要らない。
普通の暮らしでいいから又一緒に暮らそうよ。

戻ってきて。

待ってるから、戻ってきて。



神様、マリンを返してください。












■つまたくさんのお写真から、みなさんの幸せをおすそわけしていただきました。ご家族と過ごした時間は、マリンちゃんにとっても、かけがえのない日々だったことでしょう。マリンちゃん、すばらしい犬生だったね!マリンちゃんのようま幸せなワンコに、ぶうたもあやかりたいです。
..2011/08/05(Fri) 18:32 (2)

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▼2011年 7月31日 (日)   -- 投稿日:2011/07/31(Sun) 16:19   ... No.[31]

三五日


昨日はマリンの三五日。





近所の親戚の方が「マリンちゃん、亡くなったんやって?」ってみかんを持ってきてくださった。

マリン、みかんは大好きだよね。
うれしいねぇ。

みかんは大好きだけれど、皮をむいて袋もとってあげないと食べなかったよね。

お口によだれをいーっぱいためてじぃっと私の指先を見つめるマリン、かわいかったなぁ。

あとで一緒に食べようね。

今の季節のみかんは高級品だから味わって食べないと駄目だよ。
ごっくん!だともったいないよー!



☆☆☆ ☆☆☆



マリン、あのね。

四九日まではマリンが極楽浄土に行けますようにってお祈りしなくっちゃいけないらしいの。
そうやって家族が一生懸命お祈りすることが後方支援みたいになって亡くなった命が極楽浄土に行けるらしいの。

でもね、私は毎日「マリンが笑顔で過ごせていますように」ってお祈りしてるの。

マリンには「待ってて。」って言ったから。

マリンは待っててくれてると思うから。

だから「マリンが今日もニコニコで楽しく過ごますように」って毎日お祈りしてる。

極楽浄土には私が迎えに行ってから、一緒に行こうね。


「生まれ変わってまたうちの子になってね」っておっしゃる人もいるけれど、私はそれはいやだったの。

だってマリンが生まれ変わってしまったら、マリンがいなくなってしまう。
マリンがいなくなってしまったら、もうどこへ行ってもどこを探してもマリンに会えない。

それが嫌で、私は待っててってマリンにお願いしたよ。

どれくらい待たせてしまうことになるのかわからないけれど、なるべく早くこちらでの私のお務めを果たして迎えに行くから、それまでイイ子に元気に待っててね。

マリンはカラーとハーネスを持っていったよね。
私はリードを持っている。
このリードは私が死んだら私の棺の中に入れてくれるように、あやとじゅんにお願いしてあるの。
リードを持って迎えに行くね。



それとね・・・

もうひとつお願いしていることがあるの。

「神様、マリンを返してください」

ってお願いしてる。

一生懸命お願いしたらもしかしたら夢がかなうんじゃないかっていう気がして一生懸命お願いしてる。

もう一度、マリンのワンワンが聞きたくて、いっぱいおしゃべりがしたくって、お手手でちょんちょんってしてもらいたくって、マリンのお耳や頭やお鼻や・・・を触りたくって、どうしても諦められなくって、一生懸命お願いしてる。

マリンを燃やしてしまったのは私なのにね。

可愛いお目目もお手手もふわふわの毛並みも
しっとり黒々のお鼻もやわらかなお耳も

燃やしてしまったのは私なのに、それでも一生懸命お願いしたらマリンを返してもらえるんじゃないかって思ってお祈りしてる。

でもこれって自分のためのお祈りだよね。
駄目なおかぁさんだね。

マリンのために祈らなくっちゃって思うんだけれど、気が付いたら「神様、マリンを返してください」ってお願いしてるよ。



☆☆☆ ☆☆☆



いつだったか・・・昼間ばぁちゃんが私を呼んだ。

「マリンに頼まれへんから、あんた、これをとって。」

何かと思ったらセミ!

早朝ばぁちゃんが畑で収穫してきたモロヘイヤにセミが止まってた。

マリンはセミとりが得意だったもんね。
本当ならマリンのお仕事だよね。
マリンだったら「まかせといて〜!」って楽勝でばぁちゃんの頼みを聞いてあげたよね。


ところでセミくん、畑からモロヘイヤにくっついてウチに来たの?
でそのまま台所にいたの?

ばぁちゃんがモロヘイヤを摘んだ時は孵化したばっかりで飛べなかったのかな。

そっとつまんでマリンの所に行って「マリン、セミやよ。」

マリンは何も答えない。

縁側から空に向けて放ってあげたらセミはさるすべりの木の向こうに元気に飛んで行った。


マリン、あのね。

ここのところセミがすっごく多くてうるさいよ。
朝の早い時間なんて、耳が壊れてしまいそうなほど鳴いてるよ。

どうして今年はセミとりをしないの?

去年は楽しそうにセミとりをしてたのに。

こんなにいっぱいいるのに。
マリンが捕まえられそうな低いところにもいっぱいいるのに。

お休みの日、セミとりをするマリンに付き合って虫とり網を持ってお庭をうろうろしたよね。
カンカンのお日様の下でがんばったよね。
使い古した虫とり網が軒下でぽつりとさびしそうにしてるよ。

平日は夕方になるとマリンはひとりお庭に出てセミとりをしてたんだよね。
で、門で私が帰ってくるのを待っててくれて、「おかえり〜!」のあいさつの後「こっち!こっち!こっちに来て!」って誘ってくれたんだよね。
「何かなぁ?」って思ってついて行ったら地面にぽとりとセミが落ちていて「あれぇ?これ、マリンが捕まえたの?すごいね!すごいね!」って言うとマリンは得意げに満足げにおうちに入って行くんだよね。

ほめられたことわかってるんだなぁ、ほめてほしくて夕方になるとセミをとって待っててくれるんだよなぁ、って思うと可愛くってたまらなかったよ。

マリンから私へのプレゼントだったんだよね。

私が「すごい!すごい!」って喜ぶから、暑い中がんばってセミとりしてくれてたんだよね。


あの、得意げな可愛いお顔・・・もう1度見たいよ。

マリン、セミいっぱいいるよ。

今年はセミとりしないの?



☆☆☆ ☆☆☆


何をしていてもマリンのことが頭を離れません。

何を見てもマリンに結びついてしまいます。


なんでこんなことになっちゃったんだろ?

今頃は川遊びに行ってるはずだったし、セミとりしているはずだったし、エアコンを効かせてのんびりお昼寝を楽しんでいるはずだったのに。


いつもいつもマリンと一緒だったから、何を見ても何をしてもマリンに結びついてしまいます。

今は夏の陽射しが切なく悲しい。


もう1度マリンと暮らしたい。



☆☆☆ ☆☆☆



マリンにいただいたお花の籠がたくさん溜まりました。

アレンジ用に残すにしても多すぎるし、でも籠だってみなさんのお心遣いの一品だし何か利用できないかなっと思って、お花の苗を植えてみました。














うまく育ってくれるといいなって思います。




■ベリエ毎週、日曜日にマリンちゃんに会いに来てました
ずーっと読み逃げばかりでごめんなさい
毎回、気のきいたことをコメントできなくて・・・
MARIN-MAMAさんに何て言葉をかけたらいいのか分からなくて・・・
今回も読み逃げしようと思ったけど、「日記は毎回拝見してます」ってお知らせしたくてコメします
マリンちゃんのお花可愛いです
マリンちゃんのことを思い出すことがマリンちゃんへの供養だと思うの
思いだして悲しくなってしまうけど・・・
MARIN-MAMAさん、これからもマリンちゃんへの思いを日記で紹介してくださいね
日記を拝見すると一瞬大阪に居るような気がするよ
ベリエもマリンちゃんとMARIN-MAMAさんの近くに居るよ
うな気がします
MARIN-MAMAさんが悲しいときはベリエも悲しいです
ベリエにとって可愛いマリンちゃんは永遠のアイドル犬なのだ☆

これからも、毎週会いに来ます♪
..2011/07/31(Sun) 22:40 (32)

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